▼ 1 ▼


私は牛島若利が好きだった。誰もが認めるバレーの才能だけではない。寡黙でクールな所、それでいて少し抜けてる所、とにかくどれもが格好良く見えた。同じクラスでも部活でもない、話したことは一度もない。
遠くから眺めているだけでいいと思っていたのに、その日魔が差した。

「あの、牛島君」

月曜日の放課後のことだった。彼は用があったのか、職員室から出て部活へ向かうところだった。既に部活開始時刻を過ぎた廊下はがらんとしていた。それが私に勇気を与えた。今なら、チャンスなのではないかと。

「好きです」

顔を見ることは叶わずに、私は俯いたまま言った。今口から出たばかりの自分の声がまるで他人のもののように感じる。胸の鼓動がドクドクとうるさい。永遠にも思えた沈黙を破って、彼は口を開いた。

「お前は誰だ」

私は呆気に取られて彼を見た。その表情は真剣で、彼が決して揶揄いや皮肉でそう言っているのではないのがわかった。身体が徐々に固まってゆく。人生最大の失恋だった。しかし、最後まで彼には誠意を持って接したかった。

「そっか、ありがとう」

私はそれだけ言うと踵を返して下駄箱へ向かった。涙すら出ない失恋は初めてだった。自分は認識すらされていなかったのだ。ここまで来ると、逆に笑えてくる。未練も何もないような気がした。私は牛島若利の知人ですらない。ならば、気まずくなることも忘れられないこともないだろう。どこか空虚な気持ちで昇降口を出ると、初夏の太陽が痛い程に私を迎えていた。



時は同じくして、職員室前の廊下にて新たな人物が姿を現した。

「若利君、今のはないって」

同じ男子バレー部の天童だ。監督に言われ、牛島の様子を見に来たのだろうか。告白の一部始終を見ていたらしい天童は真剣な様子でそう言った。普段お調子者の天童が真面目な表情をしているのは逆に怖いくらいだった。

「何がだ」
「何がって、普通告白してきた女の子に『お前は誰だ』はないでしょ。あー可哀想に。あの子きっと今泣いてるよ若利君。追いかけなくていいの?」
「名前を知らなかったから聞いただけだ。追いかけない」

体育館へ向かって歩き出した牛島の隣に天童も並ぶ。いつのまにかいつもの調子を取り戻した天童は、また揶揄うように牛島へ話しかけた。

「普通名前を知らなくても、ごめんとか今そういうこと考えられないとかって断るものなの」
「向こうが名乗らないからわざわざこちらが聞いてやっただけだ」
「……若利君、キミ本当にモテなくなるよ?」
「別に構わん」

そう言って体育館へ入った牛島に天童は諦めてため息を吐いた。この天然で間の抜けたエース様に何を言っても無駄だろう。あんな振り方をされた女の子に心から同情する。これも牛島のような朴念仁を好きになってしまった業だ。精々泣かされていなければいいけれど、と校門の方を見ると、早く部活に戻れという監督の怒号が飛んできた。それに返事をし、天童はコートの中へ走る。
| list | next