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「先へ行くのは構わねェが……お前ドフラミンゴにこだわりすぎちゃいねェか!?」

サンジに問われたトラ男君は驚いたように目を見開いたものの否定も肯定もしなかった。畳みかけるように、私もトラ男君の方へ身を乗り出す。

「ゾウで……生きてまた会えるよね!?」

トラ男君の目がサンジから私に移った。けれどトラ男君が何か言うより早く、ドフラミンゴの攻撃がサニー号に直撃した。

「いいか雲のない場所を探して進め! 雲のない場所じゃ追ってこれねェ!」

そして見えるようにジョーラに手をかけ、サニー号が発進すると共に能力で移動してしまった。結局、トラ男君はサンジの質問にも私の質問にも答えることがなかった。ぼうっとグリーンビットの方を眺めていると、サンジが隣に並んだ。

「ローが心配か?」

その言葉に思わず心配、と声に出しかけて思いとどまる。今私はローの態度のせいで「そういう仲」なのではないかとあらぬ疑いをかけられているのだ。ここで心配などと言っては余計疑惑を深められてしまう。落ち着きなく手を弄ぶ私の気持ちを見透かしたかのようにサンジが優しく言った。

「同盟組んでるんだから、今アイツは仲間みてェなもんだろ。仲間を心配するのは普通のことだよ」

どこまでも意地っ張りな私に配慮した、なんと気の利いた一言だろうか。私は観念して手すりの上に顔を乗せると、ポツリと呟いた。

「心配」

今だけはローもナミも聞いていない。小さく放たれた私の一言は、海風に乗って消えていった。


それぞれのチームの状況も落ち着いたようで、ひとまず私達は電伝虫で連絡を取ることにした。トラ男君だけでなく、工場破壊組やシーザー引き渡し組も大変なことになっているようだ。ルフィに至っては何でコロシアムにいるのだろうと思ったが、エースのメラメラの実が賭けられていたらしい。その言葉を聞いて私は息を呑む。ルフィはこの二年間ですっかりエースの死を乗り越えたようだが、私はそうではない。表立って感情を荒げることはないものの、まだエースの死をどこかで受け入れられていないような、頂上戦争自体が夢の中の出来事であったような、そんな心地なのだ。その点ではルフィの方が私より精神年齢が高いと言えるだろう。コロシアムでの結果がどうであれ能力者の私達がメラメラの実を食べることはできないのだけど、他の誰かにエースの能力が渡るのは嫌だ。

「勝つまでコロシアムから出ないで」
「お前無茶言うなァ〜! まァ元々そういう作りになってんだけど」

トンタッタ族に協力し、この国を巣食う悪を叩きのめす。その方向で話がまとまりかけた時、突如電伝虫の向こうから破壊音がした。その後に語られた言葉に、私の脳は思考停止に陥る。

「トラ男〜!」
「おい! トラ男が何だって!?」
「そっちはどうなってる!?」

早くトラ男君の安否が知りたいと私の心は焦るばかりだが、聞こえてくるのは何かが激しくぶつかり合う音と名前を呼ぶ声ばかりである。トラ男、と呼ばれたのは最初の二言だけで、それからはゾロや錦えもん、海軍大将の名が聞こえた。海軍大将がドレスローザにいるということよりも、トラ男君を呼ぶ声がもう聞こえないということに嫌な予感がする。トラ男君はもう、戦っていないのだろうか。

「ロー殿を連れ去られたァ!」

今度こそ頭の中が真っ白になる中、背後から何か大きな気配を感じる。咄嗟に見聞色の覇気を広げると、後ろにいるのはなんとビッグマム海賊団の船だった。

「後ろ! ビッグマムの船が来てる!」
「何だとォ!?」

気付いた時にはビッグマムの船からの砲撃が始まっていたが、見聞色の覇気でなんとか軌道を読み躱す。だが逃げる一方で凌げるほどビッグマム海賊団はぬるくないだろう。

「これじゃあ……ドレスローザに戻れない……!」

トラ男君が今どうなっているかも分からないというのに、ビッグマム海賊団からは遠ざかってばかりだ。私はパンクハザードでトラ男君に助けてもらったというのに、今回だって私の身を案じて船番組へ入れてくれたというのに、私は何もできないのだろうか。心ばかりが逸る中、ナミが電伝虫の受話器を握った。

「ドフラミンゴと渡り合うためのカード三つのうち二つはここにある! トラ男がドフラミンゴと戦ったのはこのカードを敵から遠ざけるための囮! もしかしたら工場破壊のための時間稼ぎであったかもしれない! そこまでしてトラ男が守ったためのカードを私達が差し出すような真似したら……アイツ報われないじゃない!」

ナミの言葉を聞いて唖然とした。今はビッグマム海賊団に攻撃されている最中で微塵もそんなことをしている余裕はないのだが、私がどれほど利己的な思考に陥っていたか、トラ男君のことを考えていなかったかに気付いた。私はただトラ男君を助けたい一心で、トラ男君の都合など何も考えていなかったのだ。

「そうだな、わかった! トラ男はおれ達が必ず奪い返す!」

ルフィの言葉は、まるで私に向けられているようでもあった。普段は鈍いが、人の本心を見抜くのが得意なルフィだ。私の心もきっと見抜かれているに違いない。それぞれの方向性を定めて電伝虫を切ると、もう一度ビッグマムの船に向かい合った。

「トラ男がドレスローザから遠ざけたいのはアンタもでしょうね、電伝虫じゃ言わなかったけど」

隣に並んでそう言ったナミの声色には、揶揄うような気配はない。きっと純粋に、トラ男君の視点に立って私の身を案じてくれているのだろう。それでも、麦わらの一味のメンバーとしてサニー号は守らなくてはならない。

「生きてまた会えるように、頑張る」

それがナミもトラ男君も納得する最適解だろう。