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霊術院の訓練場にて私は無心に剣を振っていた。昨日は藍染隊長に会うために休んでしまったが、本来短縮授業の日は鍛錬をすることに決めていた。剣の稽古はいくらやっても足りるものではない。そう語っていた藍染隊長を思い出す。身振り手振りを交えながら私達へ講義をする藍染隊長。たまに笑った時の横顔。謙虚さの窺える瞳。
気付けば私は藍染隊長のことばかり考え、全く心を無にできていなかった。これでは鍛錬にならない。恋する乙女だからとは言ってられないのだ。早く、藍染隊長の元に追いつけるようにするためには。私が剣を握りなおしたとき、不意にあどけない顔がひょいと現れた。

「何考えてんの」
「うわあっ!?」

思わず私は大声を出して剣をさらに上へとどけた。自分がまさに剣を振り落とそうとしていた場所に突然少年の顔が現れたのだ。驚くなと言う方が無理だろう。しかも、相手はあの市丸ギンである。慌てて浅打をしまう私を市丸ギンは隣に突っ立って見ていた。

「どうしたんですか、市丸副隊長」

なんとか平静を取り戻した私に市丸ギンは変わらない調子で言った。

「名前ちゃんどうしてはるかなーて思って。で、何考えてたん?」

面白半分といった様子で私の顔を覗き込む市丸ギンは全てわかってやっているのだろう。当ててあげよか? という声がして、私は思わず下を向いた。

「藍染隊長のことやろ」
「そ、その通りです……」

市丸ギンとはまだ知り合って日が浅い。そんな彼にもわかってしまうほど私はわかりやすいのか、市丸ギンが鋭いのか、恐らくは両方だろう。これからしこたまからかわれるのかと思っていたが意外にも市丸ギンは首を傾げた。

「なあアンタ、藍染隊長と会ってどうするつもりなん?」
「べ、別にどうでもいいじゃないですかそんなこと」
「稽古でもつけてもらおうなんて殊勝なこと考えられるほどアンタ気強くないやろ。じゃあお話するとして、一体何を話すつもりなん?」
「市丸副隊長には教えるつもりないです!」

むきになって叫ぶと市丸ギンはケタケタと笑った。「それじゃあ」と帰ってからも市丸ギンのせいでまるで集中できそうにない。まったく何をしに来たのだろうか。私は軽く怒りを覚えながら訓練場を後にした。


その翌日のことだった。今日こそは集中して稽古をしようと意気込んでいた私は、昇降口の人混みに足を止めることとなる。生徒数こそ多い真央霊術院だが、こんなに一度に昇降口に人が集まることはない。ましてや今日は帰りの時間が分散される短縮授業だ。一体何が起こっているのだろうと前へ進むと、人混みの奥にポツリと立っている人物がいた。これだけの人がいるのに彼の周りだけは不思議な空間が空いていて、というかこの人混みの原因は彼で、彼が持っているカリスマ性を認識させられる。

「あの人って五番隊の……」
「何でここにいるの!?」

そんな声を押しのけて、彼はパッと顔を上げたかと思うと言った。

「いたいた名前ちゃん、一緒にいこ」

人混みを通り抜けた私はもはや彼と一緒に注目の的になっていた。彼、市丸ギンはそれに戸惑う私の様子すら可笑しいといった様子で笑った。

「いこ、名前ちゃん。藍染隊長に会わせたる」

藍染隊長。その一言で、ここが昇降口であるとか相手が市丸ギンであることはどうでもよくなっていた。

「行きましょう市丸副隊長」

市丸ギンの袖を掴んで歩き出した私に、「素直すぎて怖いくらいやわあ」と後ろで言っているのが聞こえた。