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「今日、泊めてほしい」

 深夜零時を回るかという頃俺の家を訪ねた女は、あろうことかそんなことを言い放った。少し照れたような視線と葛藤するような表情から、彼女自身もセオリーに反していることを理解していることが伺える。それはそうだろう。俺は彼女に告白し、イエスともノーともつかない答えを貰ったまま宙ぶらりんになっているのだから。

 言葉が出てこない俺を置いて、名前は言い訳を始めた。言い訳と呼ぶべきか、俺の部屋に泊まるための理由付けと言うべきか。

「この時間から泊めてもらうには女友達に悪いし」

 確か、名前の女友達は実家住まいが多かった気がする。そんなことを知っているくらいには、俺は名前に本気だった。女友達の所に泊まりに行けと突き放せない俺の良心を、利用されている気がする。この暗い中あてもなく歩かせるわけにはいかない。

 名前は間を置いてから、決心したように顔を上げた。

「今は佐久早と向き合ってる最中だから、男友達には泊めてもらいたくないし」

 決定打だった。俺だって名前を好きなのだから、そんな生殺しのようなことをするより他に行けと言いたかった。でも名前は俺に真剣で、俺を信用しているのだ。俺は好きな女が自宅にいる状況で、絶対に手を出してはいけない。俺の家に来る時点でもしかしたら手を出されることを望んでいるのかもしれないけれど、俺の理想とする付き合いはそんなものではない。名前の本気に応えるために、俺は武士のような我慢をしなくてはいけないのだ。

「とりあえず男友達の所には行くな」

 俺は心臓の鼓動を感じながら視線を名前に合わせる。自分から泊めることを確定させてしまったら、本当に我慢の一夜になる。でも、名前が俺のことを考えてくれたのならば。

「俺の部屋にいる間も俺に触れるな」

 そう言って、俺は名前を部屋へ通した。名前が新鮮な感動を表情に浮かべる。もし順番が逆だったら、と思わずにはいられなかった。名前が俺の告白に対する答えを出した後で、俺の家に泊まりに来るのならばまだどうにかできただろう。俺達は距離感を探り合いながら、中学生のような一晩を過ごすのだ。この暗い中に名前を帰せない、さらには手を出す勇気もない俺が悪い。けれど泊めてもらう相手に俺を選ぶ名前もかなり悪い。じっとりとした空気の中、名前が俺の部屋の中に滑り込んだ。