▼ ▲ ▼

 二月の中旬、日車さんはいくつかのチョコを受け取った。私含む事務所の女性から、あるいはお世話になっている取引先の女性から。勿論、時期と相手の性別を考えればそれはバレンタインのチョコレートであることに間違いはない。日車さんは事務所の椅子に腰かけ、考え込むような目つきで貰ったチョコを見つめた。

「義理チョコを渡されてもお返しに困るだけだ。世の男性も義理チョコを廃止しようとは思わないのか」

 義理だと決めつけてしまうのがなんとも日車さんらしい。この中に本命も紛れているかもしれないが、日車さんはそれに気付かないのか、気付こうとしないのか。どちらにせよ恋愛をするつもりがないのだろう。日車さんの働き方は、ワークライフバランスや恋愛といった言葉からは遠いものだった。

「まあ大体そういうのって、奥さんが無難なお返しを選んで渡してるだけですよね」

 学生のバレンタインやホワイトデーならば男子が自分でお返しを用意するものだろうが、社会人ならば違う。女性も義理で渡し、受け取った男性の妻が義理でまたお返しを用意するだけだ。そこにときめきのようなものはなく、顔も知らない女同士でのチョコのやりとりになっている。

「じゃあ君が選んでくれないか」

 私は狐につままれた思いで日車さんを見た。日車さんは至って真面目腐った表情をしている。

「何で私なんですか?」

 前にしていた話が話だけに、こう尋ねることで恋愛の色がさしてしまう可能性もあった。それでも知りたかった。

「君が一番相応しいと思うからだ」

 日車さんは再び視線を落としながら言った。その目はチョコではない、何か別のものを見ていた。恋愛と断定するにはあまりにも淡白で、けれど何もないと言うには期待させるような言い方だ。結局、「信頼」「友好」の言葉で誤魔化されてしまうのだろう。日車さんは恋愛感情を抱いても、自身の命の危機にでも瀕しない限り言わなさそうだ。そんな日は来ないのだから、私もまた日車さんの本心を知る日は来ない。けれども、日車さんの代わりに他の女性へのお返しを用意する立場になったことに、少し心が躍っている。