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 いくら俺といえど、通っている学校が共学で部活でそれなりに目立っていればバレンタインのチョコレートは貰ってしまう。こういう時断れたらいいのだけど、去年それをして女子から加害者のように扱われたことを思い出せば受け取るほかない。その結果、俺はサンタクロースよろしく袋を抱えて三月に女子の元を回るはめになるのだ。次は誰だっただろうか、と手元のメモを見る。本当にサンタクロースらしくなってきた。

「一人一人に配って回ってるんだ」

 俺の正面を遮る影があった。苗字だ。無視して突き進むこともできるが、俺は丁寧に返事をする。どこか気まずい気持ちを抱きながら。

「俺にチョコやったのを知られたくない人もいるだろ」

 古森のような奴が貰うのは、大抵は義理や、友チョコの部類だ。だが俺が貰うのは――面倒なことにと言うべきか喜ぶべきか――本命が多かった。死にそうな顔をして渡されたチョコのお返しを、教室で大きな声で呼び出して渡すわけにもいかないだろう。

「そんなに本命が多かったんだ?」

 苗字が眉を吊り上げる。先程から何か、苗字からはからかうような気配を感じる。

「だとしたら何だよ」

 俺にチョコをくれた人をかばうわけではないが、恋愛は自由だ。俺をからかっている苗字より、好きな人に告白まがいのことをしている女子の方が立派なのではないか。大体、上から目線の苗字は今年誰かにチョコをやったのか。責めるような言い方になってしまったのは、俺が苗字からチョコを貰ってないことがあるのだろう。俺にあげないならば誰にあげるのだ、と。

 苗字は俺から視線をそらし、数歩歩いた。教室の中心に近づくように。

「別に。みんな奥ゆかしいなと思って。私は教室で大声で告白してもいいけどね」
「相手から拒否権を奪うな」

 そういう告白は、フラッシュモブの類と同じだろう。同調圧力をかけるようなやり方は嫌いではない。そう言おうとした時、苗字がこちらを振り向いた。

「拒否していいよ?」

 苗字の口が小さく開かれる。息を吸った後に吐かれる言葉は、俺を大衆の前に晒して辱める言葉なのか、それとも俺を喜ばせるものなのか。言われてみなければわからない。