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 一度休んでしまったら、ずるずると休んでしまうとわかっている。けれどどうしても行く気にはなれなくて、私は会社に休みの連絡を入れた。当日に有給をとった罪悪感よりも、今日はもうあの空間に行かなくていい安堵感の方が大きい。私は布団にくるまり、二度寝の準備をした。

 同棲相手、というより夫の凛は、ここのところずっと練習がある。それこそ会社員よりも長くトレーニングに時間を費やしているので、凛の帰りまでに着替えておけばバレないだろうと思っていた。しかし運悪くと言うべきか、今日だけは凛の帰りが早かった。突然開かれたドアに顔を上げれば、驚いた表情の凛がいる。私は寝間着のまま、ベッドでスマホをいじっている状況だ。

「お前、仕事は?」

 私は母親にずる休みを知られた子供のような気持ちになる。それも少し違うだろうか。凛は、私が仕事をすることを「許可してやっている」のだから。

 私はベッドの上に正座し、すべてを白状する勇気を固めた。

「で、何でそんなに追い詰められてたんだよ」

 すべてを話した後、仁王立ちする凛の迫力に思わず声が出そうになる。凛にとって重要なのは、私が当日有給をとったということではなく会社に行きたくないと思っていることなのだ。私は仕事に行きたくないと思っているくせに、仕事を辞めさせられないよう言葉を選んだ。

「本来なら凛の年収で十分なところを私が仕事続けたいって言って働いてるわけじゃない?」

 結婚しても仕事をしたいと言ったのは私だった。凛は初め反対していたが、家で凛の帰りを待つだけでは嫌だと言ったら渋々了承してくれた。

「だから仕事で嫌なことがあっても愚痴を言いづらかったというか……」

 私が仕事を面倒だと思い始めたのはかなり前に遡る。でもそれを凛だけには言いたくなかった。

「嫌なことがあるなら辞めたらいいだろ」
「ほらそれ! でも私は別に現状を変えたくないの!」

 凛はすぐ辞めろと言うに決まっている。しかし、私は社会的に無力でいたくないのだ。

「じゃあどうしろって言うんだよ」

 凛の双眼が私を捉える。既にかなり恥ずかしいことになっているのだ。私は羞恥を我慢して、頭を差し出した。

「よしよししてください」
「よし」

 凛がまるで犬にするように、頭を撫でる。これで明日は会社に行けそうな気がする。というか、そうでもしないと凛は会社を辞めさせるだろう。退職理由がアスリートの夫をサポートするためとなったら会社は大騒ぎだ。その切り札は、いつかのためにとっておく。今はただ凛の温もりを感じて目を閉じた。