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 カイザーに何度か話しかけられた。特に仕事に関連のない話題で。でもそれは外国人特有の挨拶のようなものだと思っていたし、カイザーが私に気があるなんて思ってもみなかった。

「一枚いいか」とツーショットを撮られた時点で疑うべきだったのだ。いつの間にかそれはネット上に流出し、私はカイザーの恋人ということになっていた。本名から家族構成まで特定され阿鼻叫喚の中、カイザーは呑気にネットサーフィンをしている。

「ほう、出身は東京、父親はサラリーマン、趣味は海外旅行か」
「監獄暮らしの名前には贅沢な趣味ですね」

 隣には明らかにこの状況を楽しんでいるとしか思えないネスがいた。彼はともかく、何故恋人疑惑が出ているカイザーが悠々としているのだろう。カイザーにとっては自身のゴシップなどどうでもよく、私について調べる手間をマスメディアに押し付けただけなのだろうか。

「ファンは利用してこそだ」

 得意げに言うカイザーに、私は叫ばずにはいられなかった。

「そのせいでSNS大荒れなんだけど!」

 私が利用していたSNSはとっくに特定され、非公開アカウントに変えても元の投稿を漁られている。私でこうならカイザーに集まる好奇の視線はさらに酷いだろうに、カイザーはもう慣れてしまっているのか、気にしないふうだ。

「残念だったな、お前はもう素顔で外を歩けない」
「誰のせいだと思ってんの」

 睨むような視線をカイザーに向ける。世間からカイザーと付き合っているのだと思われているのだと思うと、少し興奮する半面、やはり迷惑の方が大きい。今まで無責任に憧れていた有名人の恋人に謝りたいくらいだ。

「その代わり俺が足になってやる」

 カイザーは思わず頼りたくなってしまうような、誇らしげな顔で私を見た。

「ドイツに来たい時はいつでも言え」

 それがカイザーの故郷を訪ねるという意味ではなく、私の趣味の海外旅行で行く時は、という意味だと気付くのに数秒かかった。カイザーの本拠地など行ったら、今より注目が集まるに決まっている。私は無理やり顔を背け、部屋を後にした。「素直じゃない奴だ」と言っているのが聞こえて、体がかっと熱くなった。