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「おお! これがカラオケか!」

 現在私は桂さんを連れてカラオケに来ていた。いかがわしい店の呼び込みなどもやっているくせに最近の若者文化に疎い桂さんは、私がカラオケに行くと言ったら激しい興味を示したのだ。まあ桂さんが奇行をしたとしても、個室になっているカラオケではそう目立つまい。私は幼い子供を連れてくるような心情で桂さんを引率した。エリザベスを連れている時点で受付も相当骨が折れたが、部屋に入ってしまえばもう咎める者はいない。とはいえ、桂さんが攘夷志士らしい行動をしても困る。

「変なことしないでくださいよ。いくら個室って言っても入口からは見えるようになってますし、場合によっては店員に注意されることもありますからね」
「ほう、店員に注意されることとは何だ!? カラオケでテロをすることもあるかもしれん! 攘夷志士として知っておいて損はない!」
「そ、それは……」

 桂さんに期待のこもった瞳で見つめられ、私は言葉に詰まる。普通、カラオケで注意されることは早々ない。勉強をしようがギターを演奏しようが自由だ。仮に設備を壊したとしても、使用記録は残っているので後々請求が来るだけだろう。カラオケを利用している最中に注意されることといえば、本当にアレくらいなのだ。

 顔を赤くして黙り込む私の様子に桂さんは気付かないようだった。ここで情事を始めれば店員に注意されますと言えば、桂さんは私とセックスをしようと思うだろうか。桂さんは性のイメージからは遠くかけ離れた人だ。桂さんが女を抱えたところなど見たことがない。だが桂さんも成人男性であるし、当然そういった知識はあることだろう。桂さんは攘夷のためなら、いや攘夷志士ではなく一人の男として、私を抱くだろうか。

「さあ教えてくれ名前殿! 何をするとカラオケテロになるのだ!」

 桂さんに顔を近付けられ、私は仕方なく白状した。

「個室の中で、その……男女の営みをすると注意されます!」

 もうどうにでもなれだ。地面に向かって叫んだ私はそっと桂さんを見た。桂さんは「何!?」と言って編み笠を被り直した。

「な、ならば俺と名前殿も注意せねばならんな……密室に成熟した男女二人がいるというのは大変いかがわしいものだ。先程から手も近い気がするし」

 桂さんは咳払いをして私の隣にあった手を引っ込めた。私は目を丸くして桂さんの手のあった場所を見る。男女の営みとは、少なくとも性器を出して行う性行為のことだ。手を繋ぐくらいであれば、カラオケどころか飯屋でも注意されない。だが桂さんは密室に男女二人でいるだけで男女の営みだと思っているらしい。わかってはいたことだが、桂さんは相当の堅物のようだ。妙に照れている桂さんとは対照的に、私は煮え切らない気持ちで唇を噛んだ。