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私と佐久早くんの初めての会話は、学期始めの健康診断の後のことだった。周囲に悟らせることなく自然に私に近付いた佐久早くんは、まるで秘密の合言葉を言うかのように小さく尋ねた。
「虫歯ある?」
その顔は、僅かに緊張しているかのように見える。
「ない、けど」
そう言うと、佐久早くんは「そう」と言って自席へ戻ってしまった。何故初対面の私に尋ねたのか。何故歯だったのか。それを思い出しているのは、私が今佐久早くんとキスをしているからである。
噂で、佐久早くんは潔癖だと聞いたことを思い出した。新学期になった時から私のことが好きで、そこからタイミングを見計らって今キスをしたのだろう。そういえば、この一年間佐久早くんはよく私に話しかけてきた気がする。私も佐久早くんのことを悪く思っていないから別にいいのだけれど、佐久早くんがきちんと交際の手順を踏まずにキスをするというのは少し意外だった。
佐久早くんの唇が離れる。仮に私と佐久早くんが付き合って、毎度立ったままキスをしていたら佐久早くんは首か腰を痛めてしまいそうだ。私の頭はやや逃避していた。
「佐久早くんって結構勢いに任せるタイプなんだ」
他に言うべきことも聞くべきこともあるだろうに、私から出てきた言葉はそんなものだった。佐久早くんは後ろめたいかのように、視線を斜め下へそらした。
「確認はしたからな」
佐久早くんにとって、キスをする絶対条件は虫歯がないことなのだろう。私は恐れずに一歩を踏み出す。
「私の気持ちの確認は?」
私が佐久早くんを見上げると、佐久早くんも黒曜石のような瞳でじっと私を見つめ返した。
「してもいい?」
折角、佐久早くんが照れくさいやりとりなしで事に及んでくれたのだ。今からそれをやり直すことは、普通の手順をこなすより恥ずかしいことに思えた。
「やっぱりちょっと待ってください……」
私は手で顔を覆う。心配しなくても、佐久早くんは近いうちに告白をしてくれるだろう。宙ぶらりんのまま曖昧な関係になる、ということはないはずだ。今日はただ気持ちが先行してしまっただけで。
何を言うのも恥ずかしいのに、佐久早くんから離れたくない気持ちだった。佐久早くんもまた、私から離れなかった。
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