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 日本の女性の睡眠時間は短いと聞いたことがある。社会人は言わずもがな、学生だって長い通学や課題で睡眠不足になってしまうものだ。私の場合活発な部活に所属しているわけではないから甘えなのだけど、教師の話を聞いているうちに来る睡魔には抗えない。

 気付けば、授業が終わっていた。慌てて起立して、礼をする。もう一度倒れるように椅子に座りこんだところで、目の前に大きな影が現れた。

「寝ないでください」

 顔を上げれば、その声の主は影山君だった。教室で人目をはばからずに話に来るのが珍しいとか、寝ていたのを見られたのが恥ずかしいとかの前に、私は突っ込まずにいられない。

「影山君が言う!?」

 影山君こそ補習常連、居眠りばかりのはずだ。教師に注意されることも少なくない。今日居眠りしていたのは私だが、合計回数で言えば影山君の方が多いだろう。

 影山君はむっとした表情を見せた。あまり知的ではない影山君が言葉で反論するとは思えないが、彼には彼なりの言い分があるのだろう。

「寝顔を他の人に見られたくないんです」

 あまりにも真っ直ぐな言葉に、私は羞恥を奥歯で嚙み殺す。嬉しいのだけど、そうやって直球でぶつけられることには慣れていない。大体、恋愛経験が少ないのにそうやって恥ずかしげもなく言える影山君がどうかしている。

「俺だけの特権じゃないんですか」

 私は、影山君と付き合って初めて彼の家に行った時のことを思い出していた。雰囲気に任せて体を重ね、初めてであった私は疲れて眠ってしまった。起きた時、影山君が私の顔を覗き込んでいたので驚いた。確かに、家族を除けば影山君くらいしか私の寝顔を見られる人はいないだろう。

「今度から、机に突っ伏して寝るから」

 私が言うと、影山君は「それなら」と身を引いた。結局授業中に寝ているところは変わらない。何も良くはないのだけど、影山君の小さな独占欲を刺激せずに済む。

 去って行く影山君の足音を聞きながら、私は今こそ机に突っ伏したい気分になった。