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 カイザーと蜜月を過ごした時は、それでいいと思っていた。少なくともカイザーの選んだ間接照明の下では、私のつけたキスマークは存在感を放っていたのだ。しかしそれはあくまでカイザーが上半身裸でいる時の話で、体の大部分をユニフォームに覆われてしまえばキスマークなど目立たない。何しろ、カイザーには小さな赤い痕よりも目立つものが体に刻まれているのだ。

「キスマークつけたのにタトゥーがどぎついせいで誰も気付いてくれない……!」

 ユニフォームに着替えたカイザーを見て、私は悔しさに奥歯を噛んだ。私のつけた痕はタトゥーに隠れ、せいぜい肌荒れ程度にしか見えない。タトゥーより先にキスマークに注目する人はまれだろう。

「名前は雑魚ですね〜。これだからネットで叩かれるんですよ」
「俺は魅力的すぎるからな。女が湧くのも仕方ない」

 カイザー思いのネスが馬鹿にしてくるのはまあいいとしよう。だが仮にも私の恋人であるカイザーまでがそうするのはどうなのだろうか。せめて、世間の女子の注目を集めていることくらいは申し訳なく思ってほしい。カイザーは私に愛を囁くくせに、女性から黄色い声援が飛ぶことを得意げに思っている節がある。

「それともいっそ結婚指輪つけさせるか……」

 本当に結婚するかはともかく、私は最終手段を考えていた。流石に左手の薬指に指輪があれば、誰でも気にするだろう。

「名前の安月給で買えるような指輪をカイザーにつけさせる気ですか?」

 ネスの言葉に妄想が止まる。確かに、私の給料買える指輪などたかが知れている。カイザーが喜んでつけるかはわからないが、いずれにせよカイザーの価値は下がるだろう。

 どうしたものかと考えている時、カイザーが優雅な足取りでこちらに近付いた。手を差し伸べる様子は、まるで王子様か何かのようである。

「大事なのは心だ。見た目に表れなくても俺の心がお前のものになっていれば意味がある」
「カイザー……」

 カイザーは、自分の心が私のものだと言いたいのだろうか。いや、みみっちいカイザーのことだからそういうことは絶対言葉にしない。告白も交際も何もかも雰囲気で済ませた男なのだ。先程結婚指輪をつけさせようとした私が言えることではないが、気付いたらドイツ国籍になっている可能性すらある。

 私が感動していると、カイザーは差し出した手のひらをひらりと上に向けた。

「ちなみに俺の心はお前の素直さで離れていくから気を付けろよ? 虚勢を張るような悪い子はお断りだ」

 カイザーの心は私のものだと言いつつ、私が努力してカイザーを繋ぎ留めろと言いたいのだろう。その王様のような立ち振る舞いがなんともカイザーらしい。私は多分結婚しても一生カイザーに振り回されるのだろう。そうわかっていても、ついていきたくなるカリスマを持っているのが少し悔しい。