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※あまり明るい話ではないです

 いつもの時間に会員制のバーに行くと、古森は既に酒を飲んでいた。私も同じものを頼み、古森の隣に腰を下ろす。店内では調子のいい音楽が流れ、会話をしなくてもいいくらいだった。実際にお喋りな方である私と古森が喋らないのは、もう気心の知れた仲だからということが大きいだろう。これが初対面であるならば、古森は気を遣って話を振ったはずだ。その安定した空間を、私は今から破壊する。

「私さ、もう古森と会うのやめるわ」

 店内では相変わらず音楽が鳴り響いていた。その軽快さは嘘のように、私達の間で浮いている。身動きすら許されないような気持ちになりながら、私は口を開く。

「私が古森と仲良くするのって、ナンパする男が女を何人ひっかけたって自慢の数字にしてるのと同じだって、気付いて」

 私は所詮古森の有名人であるところに惹かれていたのだ。誰それと喋ったことがある、寝たことがあると周りに言いたいだけ。それは古森からしたら飾り扱いされているのと同じだろう。今までずっと気付かなかった。古森のことを真剣に考えてから、ようやく思い当たった。

 小さく氷の揺れる音がして、古森がグラスを持ち上げた。

「自分で気付くのは大事だよな」

 そんなことはない、気にしなくていいと言わないのがなんとも古森らしかった。古森は案外リアリストだ。私に対しても怒っていたのかもしれない。だから今、清算したい。

「今までありがとう」

 ごめんと言うのはやめた。曲がりなりにも古森と楽しい時間を過ごしたのだから。私なりの真摯な思いに、古森は今になって冗談めかした声で答えた。

「本当の彼女みたいなこと言うじゃん」

 それが私の別れを拒む意図なのか、怒っているのかわからない。私はじっと古森を見守った。古森はグラスをゆらゆらと揺らしながら、独り言のように言った。

「俺は去る者は追わないけど、別に来る者は拒まないわけじゃないから」

 どういう意味か、すぐに理解できない。去る者は追わないのは、ドライな古森らしい。けれど後半は、古森なりに選んでいるということだろうか。

「俺のガワ目当ての女の子の中では、相当好きだったよ」

 私の目頭が熱くなった。馬鹿にされているのかもしれない。それでも好きと言われて嬉しかった。まがい物の中で、私は一番に近い位置にいたのだ。そして自分で「ガワ目当て」と言ってしまえる古森の人間関係への諦めのような姿勢もまた、私の胸を締め付けた。古森はこれから普通の人間関係を築くことができるのだろうか。誰かと幸せになることができるのだろうか。

 なら私が立候補する、など言えるはずもなく、私は唇を噛んだ。古森と出会った頃に戻って、少しでも古森と向き合えていたならば変わっていたかもしれないことだった。