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 試合と少しのミーティングを終えて、俺は観客席に彼女を探しに行った。彼女、と言っても付き合っているわけではない。俺が好きで、彼女も多分俺を好いているという関係だ。

 試合前に確認した限りでは、彼女は観戦しに来ていた。会ったらまず何を話すかなんてわからないのに、俺は走り出しそうな勢いで観客席へ向かう。彼女は、まるで俺が探しに来ることをわかっていたみたいにロビーにいた。

「試合格好良かったよ」
「……ああ」

 心臓がうるさく音を立てる。体育館の照明も、周りの雑踏も、全部俺と彼女を引き立てるための小道具なのではないかと思えてくる。

「私は佐久早くんと、これから先に進みたい」

 どくんと音がした。俺のそばを見知った選手が通りかかったが、今は視界に入らない。

「それじゃあ……」
「うん……」

 きちんと声に出さなくても、俺達は通じ合っている。この曖昧さやもどかしさを、今は楽しんでいたい。

 俺達の周りを温かい空気が包んでいた時、不意に大きな影が姿を現した。

「彼女は佐久早が好きだと言いたいのだと思うが」

 俺は絶句したままその影を見た。いつから俺達の話を聞いていたのか、若利くんがいる。若利くんとは友達だけれど、彼女のことを聞かれるのは抵抗がある。

「わかってるから言わなくていいよ! 今雰囲気楽しんでたところなの!」

 若利くんに向けるとは思えない尖った声色で俺は叫んだ。若利くんは素直に引き下がった。

「すまない、それは悪いことをした」

 とは言いつつも、ここから立ち去る気配はない。俺に用があったのだろうか。悶々としつつも、視界に彼女を入れてしまえば俺の心は緩む。

「じゃあ、そういうことで」
「うん」

 またしても曖昧な言葉を残して、彼女は立ち去っていく。その後ろ姿を眺めながら、俺は余韻に浸っていた。その隣に何故か若利くんもいて、俺達を分析するような目を向けている。

「付き合ったのか?」

 まったく、どうして若利くんは白黒はっきりつけないと気が済まない性格なのだろう。あと、俺の恋愛に興味があると思わなかった。

「そうだよ!」

 俺は半ば投げやりに言って歩き出した。若利くんにこんな言葉遣いをする日が来るとは思わなかった。いくら若利くんでも、彼女とのことに首を突っ込まれたら嫌なのだ。今の俺は親に口を出された思春期の子供のようなのだろうなと思ったら、羞恥がこみ上げてきた。