▼ ▲ ▼

 彼氏・佐久早聖臣を前にして私は頭を抱えた。ここに来るまでも満足気な顔の古森とすれ違っていたのだ。古森は佐久早と何か話をしていたのだろう。部活でも二人は一緒にプレイをしている。家がある方向も同じだ。

「古森に勝てる気がしない!」

 私が叫ぶと、佐久早は呆れたように目を細めた。佐久早にとって古森がいることは自然なことなのだろう。だが本来そこは私の立ち位置のはずなのだ。

「また大袈裟に騒ぎやがって」
「だっていっつも古森といるんだもん! 私の立場がないよ」
「古森とはセックスしねぇだろうが」

 学校で言うには憚られる言葉を佐久早は平然と吐く。クールなイメージの佐久早だが、性に関することにも躊躇いがないと知ったのは付き合ってからだった。佐久早の言う通り古森とセックスはしなくても、それ以上の繋がりがあると思うのだ。

「でもどういう風にしたとか話したりするんでしょ? それは私とはできないじゃん!」
「間接的にお前と古森がセックスしてるみたいな言い方やめろ」

 佐久早はげんなりとした様子で言った。今も古森に嫉妬しているわけではないのだろう。古森は他の男子とは違う特別にいるのだ。

「古森の前で私が一番って言って!」
「絶対に揶揄われるから嫌だ」

 こうなった佐久早は頑固だ。腹を抱えて笑う古森は想像できるけれども、牽制すれば少しは私達カップルに気を遣ってくれるかもしれない。食い下がろうとした時、佐久早が唐突に私の肩を掴んだ。

「名前、お前が一番だ。愛してる」
「へ……?」

 一体何があったのだろう。予想だにしないご褒美まで得て、私は言い出しっぺのくせに言葉を失った。どういう心情の変化だろうか。ここに古森はいないから、とりあえず古森を連れてきてもう一度言ってもらおうか――その時、私の視界に顔を覆って逃げ出す女子生徒が目に入った。あの三人組は佐久早の試合に必ず訪れる、所謂ファンだったはずだ。

「私を利用したな!?」
「お前が言えって言ったんだろ」

 気付いて責めても佐久早は素知らぬ顔である。古森に牽制するはずが、ファンへの牽制に使われてしまった。憤った様子を装いつつも、私の心情は不思議と満たされているのだった。