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「桜が見たい」

 カイザーのその一言で、私は休日に車を走らせ、桜の名所に連れていくことになった。

 まったく、ブルーロックの事務員など嘘だ。書類仕事をしているのは一日の半分程度で、後はカイザー達外国選手の使い走りをしている。他の仕事をやらせてくれと言うにも、サッカーの知識や実務能力のない私にはできない。それを理解してか、カイザーは私を小手先のように扱った。観光ガイドとしての給料も欲しいくらいだ。

「日本にしかないし満開は年に一週間くらいなんだから。感謝してよね」

 車を停め、並木の街道を一緒に歩く。桜を堪能しているのか、カイザーの歩みはゆっくりとしたものだった。まさかあのカイザーが、私に歩くスピードを合わせているということはないだろう。

「日本人は儚いものが好きだな」

 桜に目を細めるカイザーも、儚いと言えなくもない。だがその中身は性悪のマッチョだし、桜に攫われることがあっても自力で帰ってくるに決まっている。

「日本にしかないのなら連れて帰ればいい」

 その瞬間、カイザーが私の手を引いた。カイザーと狭まった距離に、私は目を丸くする。連れて帰るとは、一体何を。
 戸惑う私の横を、ぬるい風が吹きつけた。私の立ち位置は向こうからやってくる自転車の進路にあったのだ。カイザーはそれに気付いて私を避けただけだ。

 変に考えて損をした。してやられた気持ちで街道を歩き、カイザーを乗せてブルーロックへ帰った。カイザーは帰り際、片手を挙げて私に謝意を表した。変な所で律儀な奴だ。

 その晩、私はスマホを見て眉をしかめた。

「ドイツに桜ってあるんじゃん!」

 日本でわざわざ見る必要も、連れ帰る必要もない。今日はカイザーに嫌がらせをされたと思って、早く寝よう。私はスマホを投げ、ベッドに横たわった。目を閉じると浮かぶのは、カイザーと見た桜の景色だった。