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 プロサッカー選手である玲王は、あまり変装をしない。本人の性分的に嫌なのだろう。折角の綺麗な顔が隠れるのは勿体ないと私も思う。

 ならば隣を歩く私が変装しようとすれば、玲王は「そんなことしなくていいって」と帽子をとってしまうのだ。気持ちは嬉しいけれど、ゴシップで玲王の邪魔をしたくない。そう伝えた時、玲王は得意げにピースサインを見せた。

「金払って記事出ないようにしてもらうから大丈夫だ!」

 流石玲王、と言うところだろうか。この解決方法はなんとも玲王らしい。玲王はサッカーをするかたわら実家の手伝いもしているので、金は腐るほどあるだろう。

「もしかして、今までにも記事出そうになったことあるの?」

 顔を隠さずにデートをしたのは今日が初めてではない。玲王は繁華街の通りを歩きながら指折り数えた。

「ああ。お前の顔写真、年齢、住所、家族構成全部把握されてる」

 玲王の声はいつも通り優しいのに、背筋がぞっと冷える。私の知らないところでいつの間にそんなことになっていたのだろう。私が平穏な生活を送れるかどうかは、すべて玲王の匙加減にかかっているのだ。

「それ全部記者が調べたの?」

 いくら何でも、一般人の私に関する情報を記者がそこまで細かく調べるとは思えない。私の声は震えていたが、玲王は気にもとめない様子で返した。

「ん? 黙ってもらう代わりに渡した情報もあるな」

 玲王は、私の知らない間に取引をしていたのだ。玲王の機嫌次第で私の生活は一変してしまう。御影玲王と付き合うということは、これほどに恐ろしいことだったのだ。

 私の表情が凍り付いているのは玲王のせいで決してパパラッチのせいではなかったのだが、玲王は安心させるように私の肩を抱いた。

「大丈夫だって! 名前は彼女だから俺が守るよ」

 派手に抱く玲王を通りすがりの人が見る。「彼女だから」守るならばもし別れたら。玲王の意に反することをしたら。私は生活の全てを玲王に握られているのだ。私は玲王の言いなりになって添い遂げる以外許されていないのかもしれない。添い遂げる未来にこんな気持ちになるなど思いもしなかった。私の隣で、玲王が楽しそうに笑っていた。