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 音駒の周りには野良猫が多いと思う。保護猫活動の恩恵を受けているのかいないのか、地域にはだいぶ繁殖している様子である。学校からの帰り道、近くの塀にいた猫を研磨は抱き上げた。

「かわいい」
「雄かな? 雌かな?」

 私が股間を覗き込もうとすると研磨は嫌そうな顔をして、猫と目線を合わせた。猫は丸い目をして、首を急に伸ばした。研磨の唇と猫の鼻が触れる。

「チューだ……」

 猫にとっては鼻を合わせるのが挨拶であるらしい。ならば研磨は猫だと思われていたのか。

 とにかく羨ましくなって、私は猫の前に顔を出した。

「私もする!」

 すると驚いたのか、猫は研磨の手を離れて逃げて行ってしまった。私がその後を追いかけようとすると、「かわいそうだよ」と研磨が腕を引いた。研磨にだけ懐いて私には懐かないのは何故なのだろう。なおも私が溜飲の下がらない顔をしていると、研磨は私を引き寄せて顔を近付けた。何を、と思った瞬間には鼻同士が触れ合っていた。

「間接キス」

 猫が触れたのは研磨の鼻ではなくて唇だったけれど、研磨も猫のようだと考えれば同じようなものだろう。私は鼻をそっとさすり、猫がいなくなった方を見た。

「私がキスしたかったのは猫とじゃなくて研磨とだよ」

 甘えたような声で言うと、「そっか」と言って研磨は歩き出した。

「そこは普通してよ!」

 私も慌てて研磨の隣に並ぶ。するとしたり顔をした研磨が、急に私の方を向いて唇を奪った。

「ありがとう」

 何故か礼を言う。

「どういたしまして」

 付き合っていないのにキスだの間接キスだのをするのはおかしいとか、もしどちらかに恋人ができたらどうするのだとか考えなければいけないことはたくさんあるだろう。けれどこののどかな日常が続く限り、私はそれに甘えていたい。

 前を向くと、先程の猫がこちらを振り向いていた。小さく手を振ると、猫はみゃあおと一声鳴いた。