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 佐久早聖臣とは潔癖な人間だ。勿論文字通り不潔なものを嫌うという意味でもあるし、心の奥は真っ直ぐひたむきであるという意味でもある。佐久早が女遊びをした話など、私は聞いたことがなかった。誰か一人の女の子と付き合うならまだしも――それも相当稀だろうが――一晩限りの関係など佐久早は嫌うに違いない。佐久早は簡単に女を抱いたりしない。逆にその一晩さえ突破してしまえば、後は佐久早が責任を取ると言うだけだ。佐久早ならば必ず、中途半端なことはしないという確信があった。

 私は佐久早もいる飲み会で佐久早の隣に陣取ると、佐久早にハイペースで酒を飲ませた。飲まれることを恐れてか少ししか口にしない佐久早に消毒だと言ったり、酒の健康作用を説いたりすれば簡単に酔っ払いが出来上がった。飲み会の解散する少し前を見計らい、帰り道が同じだからと私は佐久早を連れて飲み屋を出た。佐久早は幸い自我を失ってはいないようで、覚束ない足取りではあるものの自分の足で歩き部屋の前で鍵を差し出した。入ってしまえばこちらのものである。私は佐久早をベッドに寝かせ、最低限の服を脱がせた後私も服を脱いでベッドに横たわった。佐久早のシングルベッドに二つの体が押し込まれる。佐久早はとろりとした目で私を見た後、体を起こして私の上に跨った。そして下着から自分のものを出すという段階で意識をなくした。私は佐久早に覆い被せられながら冷静に現状を分析する。佐久早と事を致すことには失敗した。だが、この状況は十分過ちが起きたと錯覚させられる。後はこの姿のまま寝ていればいいのだ。私は興奮冷めやらぬまま目を閉じた。

 翌朝、先に目覚めたのは私の方だった。果たして佐久早は勘違いしてくれるだろうか。十中八九佐久早に意識が落ちる直前の記憶はないだろうし、下着姿の男女がベッドにいれば誰だって誤解する。期待したまま佐久早が目覚めるのを待っていると、佐久早は掠れた声を出しながら身じろぎした。

「ん……」

 私はいかにも今起きた風を装って佐久早を見る。佐久早も私の存在に気付いたようで、私達はしばらくの間見つめ合った。さあ、付き合うと言ってくれ。その潔癖な脳みそで、責任を取ると言ってくれ。私の願いが通じたかのように、佐久早は真剣な面持ちで口を開いた。

「結婚……するか」

 違う、と思わず叫びたくなった。佐久早は好きだ。そりゃあいつかは結婚もしたいけど、今求めているのはそれではない。私は佐久早ともっと気軽に、恋を始めたいのだ。佐久早の頭の堅さを見込んでの作戦だったが、その堅さが仇になってしまった。何も言わないでいる私を「嫌か?」と佐久早が覗き込むので、仕方なく私は首を振るのだった。