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「佐久早って結構お金貯めてるよね」
 私は後ろの席の佐久早に向けて言った。午後の授業まで五分を切った今、教室は駆け込む人の足音で賑やかになっている。

 今日、購買でパンを買おうとした私は目撃したのだ。佐久早が値の張るカツサンドに手を伸ばそうとして、一番安いクリームパンを選んだところを。あの目の動きは絶対に栄養を考えたものではなかった。佐久早の視線は値札に釘付けになっていたのだ。

 佐久早は見られていたことに特に動揺するでもなく、冷静に次の授業の教科書を準備した。

「老後二千万問題があるからな」

 学生からすれば程遠い問題を真剣に考えているのは慎重な佐久早らしい。それにしても、早すぎる気もするが。

「結婚して子供ができたりすれば別でしょ」

 私は何の気なしに言ったのだが、佐久早は雷に打たれたように目を見開いた。

「その手があったか」

 私はやや戸惑う。老後二千万問題をこれほど真剣に考えている高校生がいるだろうか。

 佐久早は手を伸ばし、その大きな手で私の手を握った。この手が各校のバレー選手を戸惑わせているのだろうなとぼんやり考えながら、私は佐久早に問う。

「何してんの?」
「貯金」

 平然と言ってのけた佐久早を見て、私は先程自分が言った言葉を思い出した。子供を作れば解決する。つまり佐久早は、私と子供を作ろうとしている。手を繋ぐのはその伏線ということだ。

 なんてやつだ、という感想が前に出る。子供を作ることをこうも恥ずかしげもなく言うとは。いや、言ったのは私なのだが。

 何から突っ込めばいいのかと考えている間に本鈴が鳴り、佐久早は手を引っ込めた。子供を作る相手として一番に選ばれるのはまあ、やぶさかではない。けれど羞恥心というものがあるだろう。やきもきした気持ちを抱えたまま、私は前を向いた。