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 北さんにデートに誘われた。正確にはデートに行こうと言われたわけではないのだけど、このタイミングを考えればデートであることは間違いないだろう。北さんに片思いをして早二年。現役時代はその気持ちをできる限り隠し、春高で北さんは引退した。間もなく受験が始まり、北さん達三年生は正念場を迎える。直接結果を聞く勇気はなかったけれど、人伝に北さんは第一志望の公立大学に合格したと聞いた。卒業式も済ませ、三年生にとっては短い春休みとなる。結局北さんが在学中に告白することはできなかったけれど、この春休みの内に想いを伝えられたらと考えていた。そんな時、突然北さんからメッセージが届いたのである。

「土曜空いとるか?」

 私は興奮して文面を何度も読み返した後、「午後なら空いてます」と返した。その日に部活があることは北さんも知っているはずだ。もしかしたら、部活に顔を出すだけなのかもしれない。だが仮にそうだとしたら、私の個人チャットに送ったりしないだろう。予想通り、北さんはプライベートの用事で私を誘ったようだった。

「そんじゃ悪いけど、一時に学校の最寄り来てくれるか」

 これは間違いない。北さんと私の二人きりで行くデートだ。私は了承した旨を送信し、落ち着かない気持ちでベッドに横になった。いくら隠していたといえど、北さんも私の気持ちに気付いていたのかもしれない。部活も引退したことだし、縛りから解放され一人の男として返事をしよう、なんてありそうな話だ。私は何を着ていくかばかり考えながら土曜日を待った。

 当日、駅前に北さんは一人で現れた。思わせぶりなことを言っておいて実は二人きりではなく他の人もいる用事でした、なんて侑に話したら喜びそうな話だ。これはデートであるという確信を強めながら私は北さんの後をついて行った。北さんは行く場所を決めているらしい。北さんは計画性があるという一面を知れた気になって嬉しかった。

「ここや」
「ここ……?」

 私は口を開けて目の前の建物を見る。そこにあるのは、至って普通のスーパーだ。デートで行く場所としてはまず挙がらないだろう。でも北さんはスーパーでお菓子などを買ってから花見でもするつもりかもしれないし、と言い訳をして私は北さんの背中を追った。北さんは迷いない足取りで卵コーナーに行くと、パックを二つ手に取った。結局それ以外は何も買わず会計に行く。

「ありがとな」

 スーパーを出たところで北さんがそう言うので、私はデートが卵を買うだけで終わったらしいということに気が付いた。動揺する私を気にもかけず、北さんは満足そうな顔で告げる。

「今日ちょうど卵がセールやねん。お一人様一つまでやから、頼めるの苗字しかおらんと思って」
「あ、そういう……」

 これはデートでも何でもなかったのだ。ただ都合のいい女として扱われただけ。世間一般の「都合のいい女」とは大分やっていることが違うだろうが、恋心を弄ばれたことには違いない。北さんはようやく私の項垂れた様子に気付くと、「どした?」と言った。

「……私は北さんの買い物に付き合いましたけど、北さんからそれの埋め合わせはないんですか」

 北さんは目を瞬いた後、堪えきれなくなったように笑い出した。

「よう言うようになったな。入部してきたばっかん時は俺のこと見て超びびっとったのに」
「あ、すんませ……」
「ええ、ええ。後輩が育ってくれて嬉しいわ。で、俺は何したらええ?」

 北さんは私が生意気ともとれる発言をしたことにすっかり調子を良くした様子だ。後輩のために何かしてやろうという穏やかな心でそう言っているのだろう。私はその余裕を、崩したくなった。

「デート、してください」

 私の凄んだ表情を見て、北さんは今度こそ放心したような顔になった。