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「お前、馬鹿じゃないの」
「あはは……」
俺達の掃除の担当場所は校舎脇の中庭だ。そのまま部活へ行けるこの場所を俺は気に入っているのだが、中庭というのは水場であった。床の掃除をするのに水を汲もうとした苗字が思わぬ水圧でびしょ濡れになり、バッグに入っていた練習着を貸してやったのが先程の話だ。中庭の水道の水圧が強いのは有名な話であり、掃除を担当しているなら知っていてもいいはずなのにそれを忘れている苗字に呆れた。苗字は俺の練習着を着て、ひとまずは落ち着いたようだ。
「これ洗って返すね」
「別に急がなくていい」
先程から、どうも落ち着かない。それは多分俺が思春期で、隣に濡れた女がいるからなのだろう。濡れている状態というのは、どうしても艶めいて見える。俺が今動揺しているのは、決して彼シャツなどという女子が浮かれそうなシチュエーションだからではないのだ。確かに苗字のだぼついた様子は俺の心を擽るが、彼シャツなどに萌えていたら俺が苗字を好きみたいだ。
悶々としている間に掃除は終わり、俺は体育館に引き上げた。その途端に古森が話しかけてきたものだから、俺の感情が顔に出ていたのではないかと驚く。けれど、話はそのことではなかった。
「佐久早、この間の合宿で俺達練習着取り違えてたみたい。佐久早が持ってる練習着、俺のだよ」
そう言って古森は、先程苗字に貸したのと同じデザインの練習着を見せる。つまり、俺が苗字に貸したのは俺ではなく古森の練習着だったということだ。
すうっと自分の中で何かが引いて行くのがわかった。それは興奮や高揚のようなものだった。あれほどそうでないと自分に言い聞かせておきながら、俺は彼シャツに萌えていたのだ。俺の彼シャツではなく、他の男のシャツを着ているとわかったから、萎えた。もう言い訳はできない。俺は苗字が好きなのだ。
口元を押さえて悶絶する俺を見て、古森が引いたように言った。
「え、何。そんなに俺の練習着着たかった?」
そういうことではない。
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