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海外で活動する乙骨くんの元に私が派遣されたのは偶然のようなものだった。元々日本で暇を持て余していた私に、乙骨くんの手伝いをしないかと声がかかったのだ。滞在期間は二週間だし、乙骨くんの役に立てるとは思わないのだが、退屈だった私はその話を受け入れた。アフリカの空港にて、乙骨くんは私を迎え入れてくれた。
「パスポート預かりますよ。日本のは狙われやすいんです」
そう言って、乙骨くんはまず私のパスポートを預かった。海外経験の差があるとはいえ、年下にリードされているようで恥ずかしくなる。私がパスポートを差し出すと、乙骨くんはそれを大事そうにしまった。
「名前さんが来てくれてよかった。助かります」
私がいたところで何も変わらないだろうに、乙骨くんはそう笑ってみせた。実際に、乙骨くん一人で足りているはずだろうという予感は見事に当たった。海外の呪術の調査から、呪具の捜索まで、乙骨くんはほぼすべてやりおおせていたのだ。私がアフリカに来てしたことと言えば、乙骨くんの後をついて回ることだけだった。危ないから一人で動かないでくださいね、と言われれば、私は子供のように乙骨くんの背中を追うしかなかった。
本当に、何故私の派遣を受け入れたのだろう。そう尋ねてみれば、乙骨くんは笑顔だけで返した。五条さんの弟子だからなのか、乙骨くんも食えないところがある。私がアフリカで遊んでいるような日々を過ごしている内に二週間が過ぎ、帰国の日は迫っていた。
「そういえば私のパスポート、どこ置いたの?」
帰国の準備を進める中で、一番大事なものを乙骨くんに預けていたことに気付いた。乙骨くんは盗まれないよう善意で預かっていてくれたのだ。すぐに返してくれると、私は思っていた。
「秘密です」
乙骨くんはそう言って、気にもかけないように刀の手入れを進めている。ひょっとして私が帰国することをわかっていないのではないかと思って、私は焦った声を出した。
「もうそろそろ日本に戻らないと」
「戻らなければいいじゃないですか」
カウンターのように返されて、私は言葉を失った。私の知る乙骨くんは、素直でいい子だった。では目の前で我儘のようなことを言っているのは誰なのだろう。
「戻れないですよね?」
乙骨くんの目の光が歪んでいる。その通りだ。私はパスポートがなければ帰れない。乙骨くんは最初からそのつもりでパスポートを預かったのか。いや、私がアフリカに派遣されたのだって、本当は乙骨くんの根回しなのかもしれない。
人からの好意を怖いと思うのは初めてだった。乙骨くんのそれは、好意ではないのかもしれない。執着と呼んだ方がいいような思いを前に、私は震えあがった。
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