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「ちょっとそのボールペンで名前書いてみてくれるか」

 新生活が始まった。本来ならば友達を作るのに奔走すべきところを、幼馴染の聖臣の家に入り浸っている。聖臣も同じ学校なのだし、最初の一週間くらいはいいだろう。

 私は特に何も考えず、食べていたチョコレートを置いて名前を記入した。聖臣は相変わらず部屋で筋トレをしていた。新入生は部活が少ない分、自主トレをするらしい。結構なことだ。

「よし」と声がして聖臣が立ち上がる。それは筋トレが終わったことに対するものだと思っていたのだけど、そうではなかったらしい。聖臣は得意げな顔で先程私が名前を書いた紙を持ち上げている。ただのメモだと思っていたそれは、実に正式な書類だった。

「これ入部届じゃん!」

 既に部活欄に男子バレー部と書かれている。聖臣は私をはめたのだ。私は聖臣をきっと睨む。マネージャーをやるのが嫌なわけではないが、誘い方というものがあるだろう。

「俺はお前がマネージャーじゃないと嫌だ」

 可愛いことを言っているが、やり口はヤクザのようである。

「女子マネとか嫌いそうなくせに!」
「嫌だからせめてお前がいいんだ」

 この言葉で納得する人がいるだろうか。女子マネは全員嫌、その中で私が一番マシ。なんとも失礼なやつだと思ったが、他に入りたい部活がないのも事実だった。こうして私は男子バレー部に入部した。

 それから十数年後のことだ。

「もう小細工はしない」

 聖臣は、書類を私に見せた。もう紙の一部を隠すことや、私に先にサインさせることはしない。聖臣のどこまでも真剣な瞳が私を貫いている。

「名前が選んで。俺と一緒にいたいなら、サインして」

 紙の一番上には、婚姻届と書かれていた。流石に十年もあれば聖臣も成長するのか。これは高校時代への反省なのか。

 やり方が違えど、私がサインすることに変わりはなかった。今度は文句もない。私と、聖臣だけの婚姻届だ。