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 買い物に行くと言って十分で帰ってきた私を見て、聖臣は無言で手を差し伸べた。

「揚げ物の匂いが気持ち悪い……」
「俺が行ってきてやるから」

 エコバッグを奪い、財布をポケットに入れて玄関を出る。私はお腹を摩りながら、ソファに横になって聖臣の帰りを待った。

「ほら。アイス買ってきた」
「スプーン取りに立ち上がるのが億劫……」

 今度は悪阻でも何でもないのだけど、聖臣はキッチンへスプーンを取ってきてくれた。有難く受け取り、本来買う予定はなかったであろうカップアイスを食べる。妊娠してからというもの、聖臣は実によく気を回してくれる。こうやって私が調子に乗ってただの甘えを発動しても、聖臣は付き合ってくれるのだった。

「甘えすぎかな」

 私が笑うと、聖臣は冷静な表情でアイスカップを見た。

「別にいいだろ」
「妊娠してるしね」
「……妊娠する前から、甘えてくれてもよかった」

 小声で呟かれたのは聖臣の本音だろう。私は出会った時から、バレーで全国の佐久早君、近寄りがたい佐久早君と聖臣を特別扱いする傾向があった。聖臣は居心地が悪そうな顔をしていたが、好きな女の子にもてはやされては気分がよかったのではないだろうか。聖臣から告白された時は大層驚いたものだ。交際を始めても、私の特別扱いは終わらなかった。甘えるどころか、聖臣を神聖視する私を聖臣は時折面倒くさそうにしていた。それが今やアイスを買ってこさせるなど大したものである。聖臣の本音を聞くと、昔から聖臣を普通の男の子として扱ってあげればよかったと思う。わざわざ特別扱いをしていたあたり、私も初めから聖臣のことが好きなのかもしれない。

「聖臣パパが何でも面倒見てくれるからラクしちゃうな〜」
「お前の父親じゃない」

 聖臣にもたれて甘えると返ってきた言葉に、「そうだね」とお腹を撫でながら笑った。私は体ばかり母親になっていくけれど、親としての心の準備ができているのは聖臣の方なのかもしれない。

「子供が生まれても、お母さんになっても甘えていい?」

 聖臣の手に手を重ねながらそっと尋ねる。聖臣のことだから、てっきり「いい」とだけ言うと思っていた。私の予想に反し聖臣は私の手を握ると、指を撫でた。

「いい。けど、たまには俺にも甘えさせろ」

 私は目を瞬いてから、どこか居心地の悪そうな聖臣を見た。聖臣に黄色い声を上げる私を呆れたようにリードしていると見せかけて、内心ではそんなことを考えていたのだ。父親としての心構えは万全と思っていたが、聖臣も意外に子供のようなところがあるようだ。生まれてくる子供はどちらかわからない。私は笑って聖臣の手を握り直した。