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柔らかな日差しの下若葉が芽吹く時分、黒の組織は解体された。それは世界中の公務執行者の悲願であり、各国諜報機関の成果でもあった。ここ、日本の警備企画課は組織との重圧から解放されたようで、組織の膨大な後始末に追われていた。末端メンバーの逮捕や幹部達の余罪を暴くなどはまだ生易しいものである。警備企画課が一番苦労したのは、組織が密かに開発していた得体も知れない薬品を処理することだった。何しろ化学兵器などが混じっている可能性もあるのだ。警備企画課は有識者の意見も聞きながら、慎重に薬物を処分した。その中で、警備企画課はとある薬物に目を止めた。組織が開発した、性別を男から女へ、女から男へと変えてしまう薬、性別逆転薬だ。

組織の開発したものに便乗するのは本心ではないが、使えるものは使ってみようということで幾多のテストを重ねた後警備企画課は被験者を募集した。それに名乗りを上げたのが、苗字名前だった。

女が嫌なわけではない。しかし、公安の警備企画課という職場において、どうしても性差は出てしまう。例えば、今回組織に潜入したのは降谷だった。どうして自分ではないのかと異議を唱えるほど自分の実力に自信があるわけではないが、上層部が男の中から選んだのは確実だろう。犯人を確保する場面ですら、女では力不足と言われる始末だ。女であるという事実が、名前のキャリアを邪魔している。女であることにこだわりはない。被験者募集の欄の応募を済ませた後、名前はとある人物に鉢合わせた。何故だか眉を吊り上げている降谷だ。名前は何か仕事で失態でもしてしまったのだろうか。

「あの、降谷さんどうかしましたか……」
「今すぐ応募を取り消せ!」

名前が言い終えるよりも早く、降谷は強い口調でそう言った。何故名前が薬の被験者に応募したことで降谷がこんなにも怒っているのかわからない。降谷のあまりの剣幕に、警備企画課の他の面々もどうしたものかと顔を上げていた。

「組織の薬だから気に入らないんですか? どっちにしろ飲むのは私ですし、私はそういうの気にしないんで」
「そういうことを言ってるんじゃない」

降谷は腕組みをしたまま、冷淡な目で名前を見下ろした。組織の薬だということが気に入らないのでなければ、一体何に降谷はそんなに怒っているのだろう。

「お前、僕との結婚はどうするんだ」

これに面食らったのは名前というより警備企画課の面々である。自分達の知らぬ間に二人はそんな関係になっていたのか。そして、それを自分達の前で言って大丈夫なのか。緊張の走る面々に対し、当の本人達は堂々とした様子である。

「結婚なら、男同士でもできるじゃないですか。アメリカで」
「僕にアメリカ国籍になれと言っているのか!?」

名前は降谷の面倒な所、赤井に対する敵対心に触れてしまったようだ。だがもっと問題なのは、二人は結婚の約束はおろか交際すらしていないという件だった。降谷は当たり前のように結婚すると言い張り、名前はそこに突っ込まず、何も知らない警備企画課は二人の行く末に緊迫している。第一、この状況では降谷のプロポーズを名前が受けたようになっていることに本人達は気付いているのだろうか。

「じゃあ結婚しなくてもいいんじゃないでしょうか」
「馬鹿にしているのか!?」

結婚などという話ができるなら素直に好きだと言ってしまえばいいものの、そこは素直になれない大人の言い合いはもうしばらく続くのだった。