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 高校を卒業して何年も経っているというのに、相変わらず浮き足だった様子で空港まで迎えに行く私を及川さんは呆れた目で見るのだろうと思っていた。「お前、彼氏くらい作れよ」高校生の頃と変わらない、馬鹿にしたようでいて、どこか得意げな調子で。しかし海を越えて日本に来た及川さんは、そのどちらでもない表情で私を見た。

「及川さん……?」

 及川さんがあまりにも何も言わないものだから、私は不安になって名前を呼ぶ。海外生活で私のことなど忘れてしまったのだろうか。それとも、いい加減にしろと怒っているのだろうか。昔から及川さんの無表情は怖い。私と接する時の呆れた表情ですら、及川さんが意図して感情を表に出していた証左だったのだと思った。

「俺さ、向こうで結構自信なくしてたわけ」
「はあ」

 唐突に始まった話を私は目を白黒させながら聞いた。及川さんが脈絡のない話をするのは珍しいことではない。だが、及川さんが私に対して情けないところを見せるのは初めてだった。私が及川さんを祭り上げるものだから、及川さんもその気になって「私の憧れる格好いい及川さん」を見せていた。

「このまま自分はやっていけるんだろうかとか、失敗したらどうなるんだろうかとか。その時に、俺がどうなってもお前は俺のこと好きでいてくれるんだろうなって思ったら、元気出た」

 及川さんは何が言いたいのだろう。興奮と不安で何も言えないでいる私の頭に手を置いて、及川さんは「サンキュ」と言った。今更になって頭が追いついて、私はフォローの言葉を並べる。

「及川さんのこと好きな人は沢山いますよ! 岩泉さんとか、バレー部の皆さんとか」
「まあそうかもしんないけど、友達とかは俺の行動で離れていったりもするだろ。無償の愛をくれるのはお前くらいだって話」
「む、無償の愛」

 あまりにも大きな言葉に私は思わず繰り返した。通常それは、母親から子に対して使われるものではないだろうか。及川さんのご両親も勿論及川さんを愛しているだろうけれど、それは当たり前だから省いたのだろう。それにしても、ミーハーのような心で始まった及川さんの追っかけが、及川さんにとっては「愛」として伝わっていたのだと思うとむず痒くなる。そんな私を見越したように、及川さんが挑戦的な視線を投げた。

「何だよ、お前の俺への気持ちは愛じゃなかったわけ」
「あ、愛ですよ! 及川さんのお母さんに負けないくらい愛してますよ!」
「ふーん。じゃあいいよ。付き合おっか」
「へ?」

 対抗心で照れを押し殺して叫んだ言葉に想定外のものが返ってきて私の思考が止まる。照れているのだろうか。及川さんは視線を私に合わせない。

「何年も無償の愛をくれる奴に対して、何も思わないわけないだろ」

 私の高校生活が、卒業してからの数年間が報われた瞬間だった。

「及川さん……!」

 及川さんが私のことを好きだなんて、泣きたいくらい嬉しい。それと同時に直接「好き」とは言わないところに及川さんのみみっちさを感じる。でも私はそんな及川さんが好きだ。

「一生愛します……」
「付き合って一分でプロポーズはやめろよ」

 そう言いながらも、及川さんは高校時代によく見せたような得意げな表情をしていたのだった。