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 新八が万事屋の戸を開けると、銀時が落ち着かない様子で居間を行ったり来たりしていた。それだけではない。わざとらしくため息をついたり、「どうしたもんかなァ……」と呟いているのだ。部屋を徘徊しているだけなら無視もできるが、そこまでされては何があったか尋ねなくてはなるまい。新八は自分の方が年上になったかのような気持ちになりながら「どうしたんですか」と聞いた。

「ぱっつぁん聞いてくれる? あのね、名前が職場の人に飲み誘われたんだって」
「名前さんですか……」

 銀時の態度に合点がいった。銀時は悪い意味で大人だが、恋愛のこと、名前のことになると中学生のようになるのだ。新八自身も恋愛経験に富んでいるわけではないので人のことはとやかく言えないが、銀時が傍から見て異常だということはわかる。

「別にいいじゃないですか。名前さんだって職場の人とコミュニケーションくらいするでしょ。僕達だってお登勢さんの所でご飯食べたりするじゃないですか」
「でも職場の飲み会じゃなくてわざわざプライベートのお誘いだよ? 絶対よからぬこと考えてるよ、断った方がいいって」
「じゃあそう言えばいいじゃないですか」

 すると銀時は無言で人差し指同士を突き合わせた。言うのが恥ずかしいということだ。

「アラサーにもなって何照れてんだオメー! それでも付き合ってんのか!」
「いや、俺達付き合ってないから」
「ますます気持ち悪いわ! 何で彼女でもない人の私生活制限しようとしてんだ!」
「だって、名前ちゃんが食べられると思うと我慢できなくて……」

 言い訳を並べるさまは小学生男子のようであるが、銀時は腐っても戦争で活躍した英雄である。名前にもしものことがあれば、木刀を持って突入しかねない。

「お付き合いしてないんだったら銀さんは何も言えないですよ」
「そんな……名前ちゃんに男ができるとか耐えられねェ」
「娘を嫁に出すお父さんか!」
「えっ? いや確かに俺と名前ちゃんは家族みたいなとこあるけど」

 頬を赤くして新八の突っ込みに反応する銀時に、新八は突っ込む気もなくした。これは重症だ。早く付き合えば解決するのだろうが、変なところでプライドの高い銀時は格好のつかない告白などしないだろう。そのくせに相手を支配したい独占欲だけは一丁前にあるので厄介だ。さらに事をややこしくしているのは、銀時が強者だということである。名前がよからぬ輩に手を出されようものなら、銀時は陰でその者を始末してしまうだろう。どうせなら名前の前で格好よくやればいいものの、変に目立つのを嫌うので何の進展もない。この中学生のようでありながら戦闘能力だけは夜叉の男に目をつけられた名前に、新八は酷く同情した。