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「振ってください」
恭しく敬語まで使ったというのに、目の前の及川は眉をしかめたのみだった。季節は秋、センター試験の申し込みが始まった頃だ。県内屈指の進学校である青葉城西では誰もが受けるそれを、及川は申し込まない。その理由は噂伝いに知った。及川は来年から海外へ行く。
「何だよそれ」
「及川のこと好きだけど、絶対に付き合えないじゃん? ならいっそ振ってほしい」
絶対に付き合えない、と言ったところで及川の眉がぴくりと動いた。否定するつもりなどないだろうに、まるで被害者のような仕草だ。どちらかと言えば被害者は私である。辛い思いをするのは明らかに私の方だ。
「ほら、好きでい続けるのって辛いから」
私が言うと、及川はわざとらしく顔を背けた。
「俺がお前を振る辛さは無視かよ」
「たくさん告白されて振ってるくせに」
「お前はまた別だろ」
そうやって、特別扱いされることは振られるよりも辛いかもしれない。振ってくれと言っているのに、及川はなかなかその気配を見せない。
「付き合ってくださいもなしかよ」
言ったところでどうせ叶えてくれないくせに、どうして傷付いたような顔をするのだろう。及川が今までたくさん言われてきただろうその言葉を、どうして私に期待するようなことを言うのだろう。
言葉にしてしまったら本当に戻れなくなる気がして、私は答えられなかった。私は及川に付き合ってくださいと言わなかったし、及川は私に断りの文句を告げなかった。私達は何もかもあやふやなまま終わってしまった。卒業した後も及川が雲のように私の中で漂っているのは、多分この時のせいだろう。
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