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「ファンです」


 目の前にいるのは、世界的プレイヤーの糸師凛だ。そして今の言葉を言ったのは私ではない。容姿端麗、サッカーで世界一を争う、糸師凛なのである。

「ずっと前からホラゲ実況見てました。最近更新が落ちたのは……」
「ちょ、ちょっと待って」

 私は両手を前に突き出す。今は夜の十一時、外出を終えて帰宅するところだった。電話をしながら歩いていて、通話を切った途端糸師凛は目の前に現れたのだ。まるで伺っていたかのようなタイミングで。知名度を考えれば私が糸師凛にファンですと声をかけるべきだろうに、何故か逆の立場に置かれている。

「何で私だってわかったの?」

 糸師凛は当たり前だと唾棄するように、「声聞きゃわかる」と言った。いつの間にか敬語がとれている。

「それより、最近何で更新落ちた。彼氏か?」

 糸師凛は威嚇するような目をこちらへ向けた。美形がそうすると怖いけれど、台詞からして猫の威嚇のような愛らしさがある。

「そういうのじゃなくて。ただ最近色々忙しいだけ」

 今私が事務所としている契約の話などは省いておく。糸師凛なら一般人に言えない事情があることも理解してくれるはずだ。

「彼氏じゃねぇなら、よかった」

 そう言う顔はまるで恋する男の子のようで、私は思わず笑ってしまった。

「私のこと好きみたいじゃん」
「だから好きだって言ってんだろ」
「そういう好きじゃないでしょ」

 口論をひと往復した後、糸師凛は呆れたように私を見た。

「好きに種類なんかねぇ。俺の中で好きは一つしか知らねぇ」

 私は昔読んだ雑誌の内容を思い出していた。一流と呼ばれる人は、本業にこだわるあまり他すべてを犠牲にする。恋や人間関係のいろはを知らないまま成人してしまう人も、多くいる。

 普通ならばファンと推しの恋愛が成立するはずもないけれど、私は奇しくも有名人だった。度合いは違うが、同じ土俵に立っていると言えなくもない。この中途半端な有名さが、私と糸師凛の恋愛を可能にさせてしまうのだ。

「なあ」

 私を覗き込む目を見て、多分彼は相手が一般人でも惚れたら逃さないのだろうと思った。それが同じ立場の人なのだから、糸師凛にとって有利に働くことは違いない。まったく大変な人に捕まってしまったものだ。