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 治とキスをしてしまった。唇が離れてから、私は自分がしたことの大きさに気付いた。稲荷崎の男子バレーボール部は恋愛禁止だ。全国制覇を目指す強豪において恋愛が邪魔であることは言うまでもない。もし選手とマネージャーの恋愛が発覚しようものなら、恐らくマネージャーの方が部を辞めなければいけないことだろう。だからこそ、気を付けなければならなかったのだ。気になっている治と、治も私のことを好きなのだろうなという雰囲気を感じながら誰もいない教室に残るべきではなかった。唇を触れさせたのは治の方だが、私にも責任がある。真っ先に頭を過ぎったのは、部の規則に触れてしまったのではないかということだ。

「あの、恋愛禁止て……」

 私は何も考えないまま口走る。治も事の重大さを噛み締めているようで、真剣な表情で黙り込んだ後顔を上げた。

「禁止なんは恋愛やろ。男女の行為やない」

 何を言っているのかわからずに治を見る私に、治は言葉を足した。

「俺と苗字が両想いでキスしたんなら規則違反やけど、二人共何も思ってないまましたんならそれはただのキスや。キスは禁止されてない」

 なんとなく治の言いたいことがわかってきた気がする。だがそれはあまりにも詭弁のように思える。私に意見する暇も与えず、治は「俺のこと好きなんか?」と聞いた。

「好き、やない」

 どうしてこう答えたのかはわからない。だが治の言う通りにしておけばきっといい結果になると信じていたのだろう。治は「せやな。俺も苗字は好きやない」と言うと立ち上がってドアに近付いた。

「今のはただのキスやから規則には違反せんけど、一応他の人の目があるからそこは隠れな」
「う、うん」

 思えばこれが、継続的にするという宣言だったのかもしれない。部活の終わり、昼休みの合間など、定期的に私は治に呼び出されて唇を重ねた。「キスは禁止されてない」治の減らず口が頭を過ぎる。あれは結局規則に違反せず行為をするための言い訳でしかなかったのだ。現に、私はとっくに治のことを好いている。

「なぁ、俺のこと好き?」

 治は口を離すと至近距離のまま聞いた。

「す、好きやない」

 私の言葉に満足したように笑って「俺も」と言う。その唇を受け止めながら、随分奇妙な仲になってしまったものだと思った。恋愛行為をするために、毎日のように好きではないと嘘をつく。私達が部活を引退したら、恋人同士になれるのだろうか。あまりにすぐでは活動中から付き合っていたと思われるから、間を空けるかもしれない。早く恋人同士になりたいと思うものの、この不思議な付き合いが私は結構気に入っているのだった。