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 ヒーローを目指すなら恋はしてはいけないものだと思っていた。けれど学校という檻から解放された途端、してもいいのではないかと思った。プロヒーロー同士の熱愛報道の影響もあっただろうけれど、これから離れ離れに生活することを想像したら、居ても立っても居られなくなってしまったのだ。

 卒業式の日、私は轟くんを呼び出した。後輩からも引っ張りだこの彼の時間を貰うのは大変なことだった。轟くんは合間を縫って来てくれた。

「好きなんだ。これからは私の隣にいてくれないかな」

 轟くんがどんな表情をしていたかはわからない。私は顔を上げることができなかった。

「いいぞ」

 その一言で視線を上げた瞬間、ふっと轟くんの口元が緩んだ。同時に私も相好を崩して、春らしい柔らかな空気が漂った。私達は卒業したらすぐヒーロー活動に入る。恋人らしいことは何もしていないけれど、卒業して一ヶ月はあの告白の返事だけで気持ちが満たされた。

 雄英を出、実家も出て契約したアパートに移る。けして広くはないけれど、駅から近いところと築年数が浅いところを気に入っている。

 私の荷解きがひと段落したところで、不意にチャイムが鳴った。インターホンがあるのにドアまで行ってしまうことを、私は後で不用心だと怒られることになる。

「何で……」

 インターホンを鳴らしたのは、轟くんだった。彼はあの時のような笑みを浮かべて、ビニール袋に入った何かを差し出した。

「隣にいてくれ、って言っただろ」

 私の頭にある可能性がよぎる。だけどまさか、そんな。轟くんを置いて隣の表札を見れば、そこには「轟」の文字があった。早々見ることのない苗字だ。もう一度轟くんを振り返れば、彼はまだビニール袋をぶら下げている。中に入っているのは洗剤だろうか。いかにも引越しの挨拶らしい。

「住所調べるの大変だったんだ。セキュリティが甘そうだけど、俺らがいれば別に平気だな」

 轟くんはそう言ってまた穏やかな表情を見せた。彼は「隣にいて」を、本当に隣で生活することだと思ったのだ。恋人として、距離を近付けることではなく。

 実質フラれたようなものである。私は肩を落としそうになったが、私の住所を調べまでして隣に来てくれた轟くんに悪いからやめた。実家の財力を考えたらもっといいところに住めそうな轟くんが、わざわざ私の隣に来てくれたのだ。

 もうそれは気付いていないだけで、轟くんも私を好きなのではないかと思えてきた。そうしたら、私はまた告白しないといけない挙句彼に気持ちを気付かせる必要がある。骨は折れるけれど、不思議と嫌ではない。

 私達の新生活は、まだまだ始まったばかりである。