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 秋だというのに、この青い監獄内は暑い。これも選手達の熱気のなせる業なのだろうか。私がタオルで汗を拭いていると、カイザーがドリンクケースから未使用のボトルを取り出した。自分のものを差し出すわけではないのを見ると、いつものように私を口説くわけではないらしい。

「おい。スタッフでもちゃんと水分補給をしろ。熱中症になるぞ」

 カイザーの気持ちは有難いのだが、私はその申し出を丁寧に断った。

「今中抜けして歯医者でクリーニングしてきたところなの。フッ素を塗ったから、あと三十分は水を飲んだりうがいしたりできないんだ」

 それにしてもカイザーが、下心抜きで人を心配することがあるものなのだ。私が感動している時、その余韻をカイザーはいとも簡単にぶち壊す。

「ほう。では唾液を飲ませるキスもダメだということか?」
「ダメに決まってるしそもそも私達恋人でも何でもないよね?」

 私はカイザーから距離をとる。何故唾液を飲ませるキスが日常生活の範囲内に入っているのだろう。私達はそんなことをしたことがないし、する仲でもない。カイザーはどこまで冗談なのかわからない調子で、私ににじり寄る。

「俺のせいでフッ素が剥がれたらもう一度歯医者へ行って塗り直してくればいい。虫歯の女は嫌いだからな」
「だからキスしなければいい話なんじゃ……」

 カイザーが舌を出して唇を舐めた時、練習がちょうどカイザーの番になった。カイザーは小さく舌打ちをして、コート内に入る。

「今回はお預けだな。ファーストキスがフッ素味も悪くはなかったが」

 次回などあるはずがない。そう思いながらも私の胸は高鳴っている。カイザーは何故、今キスをしたらファーストキスだと知っていたのだろう。適当だとしても心臓に悪い。私は思わず唇を押さえた。