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「侑、お前試合に彼女呼ぶん禁止や」

 主将である北からそう言いつけられるのも仕方ないことだった。最近、公式試合になると必ず黄色い声で応援をする女子がいる。それは侑の彼女とその取り巻きなのだ。侑の機嫌のいい時、または二人の仲が上手く行っている時は侑は手を振ってそれに応える。だが、集中を切らされているのは事実である。侑の機嫌が悪い時に応援をされようものなら、侑のメンタルはマイナス方面へと引っ張られていた。結果として侑のサーブミスが目立ち、チームとしてよくない状況になりつつあるのだ。侑も彼女のことを鬱陶しいと思っていたのか、北の命令に反抗する素振りは見せなかった。むしろ断る口実ができてよかったくらいに思っているのだろう。侑とやかましい彼女も別れたようで、しばらくの間稲荷崎には平穏が訪れると思われた。だがある日の試合において、侑はサーブ前応援席の方を見ると足を止めた。

 クラスメイトの、苗字名前がいたのだ。侑が立ち止まったのは一瞬のことで、鋭い北以外には気付いていないだろう。だが今侑に彼女はおらず、いても試合観戦を禁止している今どうして侑が応援席に気を取られるのだろうと不思議に思っていた。その次の瞬間、侑はサーブを失敗した。直前までコンディションは整っているように思えたのに、侑らしくない失敗だった。

「……北さん」

 試合終了後、侑は真剣な面持ちで北に話しかける。試合には勝ったが、侑が集中を切らしていたのは明らかだった。北が振り返ると同時に侑は話し出す。

「試合観戦禁止にするやつ、彼女だけやなくて俺の好きな人も追加してくれませんか。気ィ散るから好きな人には試合来てほしくないんやけど、規則とかで決まってるわけじゃないのに来るな言うんも悪い気がして」

 北は無言で侑を見た。侑なりに真摯にバレーに向き合い、現状を変えようとしていることは伝わってくる。だがそのやり方では、侑は恋愛面において負けを認めるようなものではないだろうか。

「侑が好きなのバレるのはええんか」
「ええんです! サーブの方が大事や!」
「ほな侑の好きな子も観戦禁止や」
「北さんありがとうございます!」

 北は頭を下げて去っていく侑の背中を見ていた。まったく器用なのか不器用なのかわからない。「お前のことが好きだから試合に来るな」と言われたら侑の好きな子は喜ぶのだろうか。悲しむのだろうか。少なくとも、「規則で決まっているわけでもないのに試合に来るなと言うのは可哀想」と思われているあたり侑からは大事にされているのだろうなと思った。