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高卒で働き始める者は少ない。俺はアスリートだから少し特殊だけれど、名前は大学に、治は専門学校に行っている。治などは最近専門学校を卒業して店を出し始めて、結構繁盛しているようだ。俺もまあ、たまには顔を出したりする。
今日名前と会うのは、名前に初任給が入ったからだった。名前の親は厳しく、大学の成績が悪い間はバイトを許可してくれなかった。だから大学三回生になって漸く初のバイト、初任給である。普段は男が奢るべきだと考えている俺も、今日ばかりは名前に奢られてやる。
「あ、来た」
待ち合わせ場所へ行くと名前は既についていた。軽く手を挙げて、サングラスをずらしてみせる。そんな大物ではないけれど、一応地元に近いので変装をしている。
俺と名前は手を繋いで歩き、予約した店へ向かった。「そんなに高い店じゃないけど」と名前は言うけれど、名前が一生懸命働いた金で食べるならばどれも格別だ。格好つけの俺も、名前に格好つけさせてやる。
「じゃあ、名前の初任給を祝って乾杯」
俺と名前はグラスを合わせた。町中華独特の濃い味が胃にしみる。
「いやー、大変やったな」
そう語るのはバイトの苦労だけではなく、親にバイトを許可させるまでの道のりも含めているのだろう。本当に、よく頑張ったと思う。
「治は案外厳しいし一カ月でも応えたわ」
名前がこぼした言葉に、俺の動きが止まる。
「治?」
「言ってへんかったっけ? 私がバイトしてるの、おにぎり宮や」
固まる俺の体を置いて、俺の頭は素早く動き出す。名前の給料が治から出ているものなら、今回のデートは治に奢られているようなものではないか。治が、俺と名前の食事代を払うのだ。
「やっぱ今日俺払う」
「え? 今日は私の奢りって話やったやん」
「アルバイトは黙っとれ!」
こうして女を一喝する男は、古い亭主関白なのだろうか。俺と名前は結婚していないけれど、これだけは譲れない。治に俺とのデート代を出してもらうなんて、なんか負けた気がするのだ。よりにもよって、どうして名前はバイト先におにぎり宮を選んだのだろう。俺の小さなプライドのせいで、名前は初任給で奢るイベントを失った。自分の性格がひねくれていることは自覚している。これからも苦労をかける、なんて言ったらそれこそ亭主関白だろうか。
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