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果物が美味しい季節になってきた。心と財布に余裕があり、なんとなく私がスーパーで買ってきたさくらんぼを、聖臣は次から次へと消費する。無感動なその様子が面白くなくて、私は横から口を挟んだ。
「さくらんぼの茎結んでみて」
聖臣は最初茎を口に入れることを嫌がったが、茎ごと食前に丁寧すぎるほどに洗っていたのは自分だろうと言えば渋々口にした。聖臣の小さな口に、さくらんぼの茎が放りこまれる。聖臣は舌や口を動かすが、さくらんぼの茎は結べない。こうして見ている私だって、やれと言われたらできないだろう。
聖臣が諦めたように茎を吐き出したのを見て、私はネタバレをした。
「さくらんぼの茎を結べる人はキスが上手いんだって」
だから結べなかった聖臣はキスが下手だ、と言いたいわけではない。聖臣のキスの腕前は私がよく知っているし、そもそも比較対象もあまりいない。ただいじると面白いことになる聖臣をからかってやりたくなっただけなのだ。
聖臣の瞳を見て、努力、潔癖という言葉が似合うこの男のスイッチが入ってしまったことを察した。聖臣は一度こうなると、できるまで妥協を許さない。私の胸がにわかに期待に揺れる中、聖臣はスマートフォンを手にした。
「さくらんぼを箱買いした」
「そっち!?」
私は思わず突っ込んだ。練習するのはキスではなくさくらんぼを結ぶ方だったのだ。キスの練習に、と甘いひとときが訪れるわけではない。
「お前で練習しても仕方ないだろ。完成形で実力を評価してもらう」
これは、生半可な感想を言って許されるものではない。きっと聖臣はさくらんぼで練習してきっちり仕上げてくるし、それなりのフィードバックを求めてくるだろう。聖臣をからかおうとした私が悪かったのだ。今更思ってももう遅い。
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