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 目が覚めると知らない部屋にいた。拘束はされていない。殺風景な地下部屋どころか、ホテルの一室かのような開放感のある空間だ。

 辺りを見回したところで、僕は誇張して書かれている文字に気付いた。恐らくこの部屋のタイトルだ。まるで運動会に使うような横断幕には、「ハグしないと出られない部屋」と書いてある。近頃部下の間でも話題になっている、不思議の空間というところだろうか。本当にその指令に従えば出られる上、ハグだのキスだのと加害性がない指示なので敵の攻撃の線は薄いと思われる。

 僕は隣を見やった。隣では、一緒にこの部屋に連れてこられたらしい苗字が両手を広げて待ち構えている。

「さあ、早くしましょう! 降谷さん」

 僕はその姿に思わずため息をついた。

「君は異性相手に意識とかしないのか?」

 仮にも僕達は異性だ。これが警察庁のオフィスならまだしも、今いるのはプライベートとも言える空間である。こうもオープンにされると、僕は子供か犬か何かかと思われているのかと勘ぐってしまう。それとも、部下相手に異性だと意識している僕の方がおかしいのだろうか。

「何言ってるんですか? こうしている間にも私達には給料が発生してるんです。その財源は税金です。国民のために、さあ!」

 苗字の言い分は正しい。僕は諦めて苗字に体を近付けた。

「僕が君を抱きしめる理由は国民のためじゃないんだけどな」

 苗字を抱きしめると、柔らかい感覚がした。次の瞬間辺りが光って、警察庁のエレベーターホールに戻される。

「国民のためじゃないって、どういうことですか?」

 僕は一度苗字を見たが、すぐに前を向いた。

「仕事だ、仕事」

 ずっとあの部屋にいたら教えてもよかったけれど、生憎今は仕事場だ。仕事モードに切り替えなければならない。苗字と一緒に不思議の空間で現実逃避をするのも悪くなかっただろうが、僕は公務員だ。僕が歩き出すと、苗字も後ろからついてきた。