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 教室へ入ろうとした時、私の名前が聞こえてきて思わず足を止めた。

「佐久早って苗字さんと仲良いよな。付き合ってんの?」

 私の胸が高鳴るのは、自分の話をされているせいだけではない。事実上友達でしかない佐久早と、周りからはそんな風に見られているのだ。そういったときめきのようなものがあった。佐久早は何と答えるのだろう。期待する間もなく、佐久早は一刀両断する。

「ない、ありえない」

 別にそこは「ない」だけでもよかったのではないか、と思わなくもない。別に佐久早を好きでいたわけではないのに、なんだかフラれた気分だ。

「え、狙っちゃおうかな」

 クラスメイトの男がそう言った瞬間、佐久早の意地を張ったような声が響いた。

「じゃあ付き合ってる」

「じゃあ」とはなんだ。話し相手の男子もさぞ困惑しただろうが、予鈴が鳴ったことで会話は終わったらしかった。代わりに私が教室に入り、佐久早の隣に着席する。

「何あの言い方!」

 盗み聞きすることを隠していたつもりはない。佐久早が「付き合ってないけど、実は好きなんだ」と言っていたならいざ知らず、現実は否定していただけなのでいいだろう。

「変な男避けになったんだからいいだろ」
「まぁ……結果的には良かったけど」

 そう言ったところで、話の流れが変になってきたことを察知した。これではまるで、佐久早が「付き合ってる」と嘘をついてくれてありがとうと言っているみたいだ。付き合っていると言った方がいい、が付き合った方がいい、になり、私達の間には妙な空気が流れる。意識しているのは私だけかもしれない。隣の佐久早を見やると、佐久早もマスクで目の下まで覆うように俯いていた。

「付き合ってた方が、いいな」

 それが交際の申し出なのかどうか、佐久早ははっきりとしたことを言わない。

「うん」

 私は頷いたけれど、内心緊張でいっぱいだった。明日から佐久早の彼女だと言って、笑われないだろうか。笑ったらきっと仕返ししてやる。