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季節は秋から冬へと変わり始めている。教室の暖房のリクエストも上がり始めた最中、私は影山がハンドクリームを手にしているのを見た。何を隠そう、影山は私の片思い相手である。異性相手にハンドクリームと言えば、「余ったからあげる」と直接手に塗るラッキースケベ(とまではいかなくてもラッキーな展開)しか思い浮かばない。早速私は影山の元へ向かった。
「余ったハンドクリームちょうだい」
「え、自分で買わないんスか?」
その語尾には、「女子なのに」という言葉が見え透いている。私だってハンドクリームくらい持っている。けれど大事なのは、影山から貰うことなのだ。
「いいから」
私が言うと、影山はハンドクリームを差し出した。
「どうぞ」
手に余った分を塗るのではなく、チューブごとだ。てっきり影山の体温を感じることになると思っていた私は、予想だにしない感触に動きを止めていた。影山は私の考えなど知らず、手にハンドクリームを大事そうに塗っている。
「一応小遣いで買ってるんで、こんなにあげるの苗字さんくらいですからね」
確かに、ハンドクリームはまだ結構残っている。それを全部あげてもいいとなると、影山の中で私は気を許された位置にいるのだろう。手と手が触れ合うイベントは起きなかったが、結果オーライなのかもしれない。私が自分でハンドクリームを買わずに人に欲しがるいやしい女だと思われた以外は。
「じゃあ私のハンドクリーム代わりにあげる!」
部活生の影山の小遣いは貴重だ。私は半ばやけになって自分のハンドクリームを影山に投げつけた。影山は「え?」と言いながらもキャッチした。その少ない頭で、私が影山にハンドクリームをねだったのはどういう意味か考えればいい。
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