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 それはクラスの打ち上げに侑が遅れて参加してきた時のことだった。

「侑ええジャケット着とるなぁ」
「ええやろ? サムの借りとんねん」

 ジャケットを褒められた侑は、得意げに襟を正してみせる。借り物なので自慢できるようなものではないのだけど、確かに侑が着ていると魅力的に見えた。

「かっこええなぁ」

 同じテーブルの私も、ジャケットを見た素直な感想を述べる。言葉の違和感に気付いたのは、口に出した後だった。

 私は、ジャケットがいいものだという意味で褒めた。だがこれでは侑自身を格好いいと言っているみたいだ。侑は軽いキャラとはいえ、私と侑は軽々しく好意に似た言葉を口にできる関係性ではなかった。

「あ、いや、今のは違くて……」

 私はもんじゃを焼く手を止め慌てて否定する。そんな私を侑は横目で見る。

「誤魔化すなや。お前は俺が好きなんやろ」
「いやや恥ずかしい〜!」

 仮にもここは打ち上げ会場である。テーブルには私や侑以外の人もいるが、皆平然ともんじゃを食べていた。私が侑を好きだということは皆も、侑もとっくに知っていることなのだ。私の代わりにもんじゃを焼きながら侑は口を開く。

「そんなんやからいつまで経っても進展しないんやろ! はよ告白せい!」
「無理や!」
「オッケーしたるから!」

 そう言われれば告白しないわけにもいかない。周りを見回すと、皆は私達の寸劇などどうでもよさそうに口を動かしていた。仮にも付き合うか付き合わないかという話をしているのだから、少しは関心を持ってほしいものだ。

「ていうかもう私が侑のこと好きって侑は知っとるのに、わざわざ侑に告白せなあかんの……? 付き合ってくださいだけでよくない……?」

 私はふと思ったことを口にする。侑にはもう長いこと片思いしているが、かなり前から気持ちを知られている気がする。侑もまた気付いているということを隠さないので、随分奇妙な関係性になってしまった。

「お前に好きて言われることに意味があるんや。このロマンはわからへん」
「はあ? アンタ私のこと好きなん?」

 私と侑は対等な関係ではない。私の気持ちを一方的に侑が知っていて、なおかつ侑に見下されているという関係だ。だが話を聞いていれば、侑は私に入れ込んでいるように思える。私に指摘されると、侑はわかりやすく顔色を変えた。

「な、何を言うとんねん!」
「やっぱりそうや! 侑私のこと好きなんやろ!」

 コテから手を離して否定してみせる侑は滑稽で、少し前の私も似たようなものだったのだろうと思った。人に指摘してみせた時は得意げだったのに、逆に指摘されると余裕をなくすとは気概がないものだ。今の私達は立場が逆転したようになっている。

「ふーん、そんじゃ私に片思い拗らせといてくれや」
「片思いちゃう! 両想いや!」

 最後はまさかの侑からの言葉で私達は付き合うことになった。友人いわく、私達は似た者同士らしい。実感もないまま打ち上げを終えて、彼女として初めて受け取ったラインメッセージは「もんじゃの臭いつけまくってサムにめっちゃ怒られた」というものだった。