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 正月休みも終盤に差し掛かり、段々と現実に向き合い始めた頃のことだった。冴は空のスーツケースを出し、私に命令した。

「入れ」

 私は目を瞬く。冴と私は付き合っている。年に数回しか会えないことを寂しいと思っているし、冴から好かれている自覚もあるけれど、まさかこれほど容易に出し抜ける案を出されるとは思わなかった。

「いくら私のことが好きだからって、空港の検閲がそんなガバガバなわけないでしょ!?」

 冴は私をスペインへ連れ去ろうとしているのだ。前にスペインへ連れ去ってしまいたいと言われたことはあるけれど、それは愛のささやきの一つだと思っていた。まさか本当に、子供の考えたような方法で実行するとは思わなかったのだ。

 冴は呆れたように目を細め、スーツケースに足をかけた。

「何言ってんだ。出かけるんだよ」

 空のスーツケースがかたんと音を立てる。そういえば、正月休みはまだ一日あった。どこかへ出かけたいという話をしたのは私の方だったのだ。

「マスコミの奴らに二人でいる所を撮られたくねぇ。移動中我慢しろ」

 スーツケースに入るのは飛行機で連れていくためではなく、移動中マスコミにツーショットを撮られないようにするためらしい。そういえば、冴は新しくスポンサーがついたと言っていた。移動中、二人。つまりこれは。私が顔を上げると、冴はいつものつれない顔を向けた。

「デートだ」

 多分私へのサービスのつもりなのだろうが、冴だってデートをしたいと思っていたのだろう。でなければ、スーツケースに人一人分を詰めて運ぶはずがない。私の胸にぽっと火がともる。それにしても、スーツケースに詰める方法はどうにかならないのだろうか。文句はたくさんあるけれど、私は素直に冴とのデートを楽しむことにした。