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片思い貯金というものを知った。片思いをしている相手といいことがあった時――話が盛り上がった時、二人きりになれた時、名前で呼ばれた時などに任意の額を貯金箱に入れるらしい。そして、その貯金箱が一杯になった時、相手への告白をしなくてはならない。スマートフォンに並べられた文字に、私は素直にやってみようかと思った。片思いの相手なら言うまでもなくいるし、侑と何かが起きる度に目に見える形でときめきを積み重ねていくのは面白そうだ。それに侑のことだから、私の片思い貯金が終わってしまう前に彼女の一人や二人作ってしまうかもしれない。軽い気持ちで片思い貯金を始めた私は、適当な貯金箱を用意してお金を入れていくことにした。

侑はすぐに彼女を作るだろうという私の予想が外れたのか、私達の接点がかなりあったのか、片思い貯金は意外にも着実に貯まっていった。侑との会話が長く続いた時、意図せず侑と出会えた時、私は五百円玉を入れた。侑の手と私の手が触れた時などには、私は五百円玉を三枚も入れてしまったほどだ。私達の関係は言葉にしてみればただのクラスメイトだが、こうしてみるとかなりいい関係なのかもしれない。五百円玉が貯金箱に落ちるちゃりん、という金属音が私の心を軽くさせた。侑から呼び出しを受けたのは、片思い貯金を始めてから半年程が経った頃のことだった。

「話って何なん?」

この状況だけで既に五百円玉二枚は突っ込めるな、と思いながら私は尋ねる。どうせ人に聞かれたらまずい課題をやってなかったとか、こっそりノートを貸してほしいとかそんなところだろう。しかし侑は意を決したように顔を上げて言った。

「好きや。付き合ってくれ」

これが夢でないならば、私は今侑に交際を申し込まれている。半年以上も片思いをした人物に、私は好きだと言われているのだ。思わず口を手で覆いながら、これは五百円玉を何枚入れたらいいか見当もつかないと思った。それと同時に、一つのことに思い当たった。

「あかん」
「へ?」
「その告白は受け入れられん」

片思い貯金は貯金箱が一杯になった時に相手に告白する。今の私の貯金箱は、全体の約八割という程度だ。精一杯貯めたつもりだが、それでも満杯には程遠い。「どういうことやねん」とこちらを見た侑に、私は片思い貯金について説明した。

「まだ私の貯金箱は一杯になってへんから、侑には告白できんし付き合えへん」

そう言うと、今まで訝し気にこちらを見ていた侑はとうとう堪忍袋の緒が切れたという様子で叫び出した。

「じゃあ今日の告白で有り金全部入れろや! それでええやろ!」
「いや、今日のは三千円分くらいやな」
「このモテ男前にして三千円やと!?」

つい先程まで愛の告白をしていたことも忘れ、私達はまるでここが教室であるかのように叫び合っている。侑に告白されたのは嬉しいが、貯金が貯まっていないので仕方ない。すると侑は宣戦布告をするかのように言った。

「ええか、明日その貯金箱持ってこい。絶対やぞ」
「わかった、わかったって」

こうして私の片思い貯金箱は初めて私の部屋から持ち出されることになった。今まで貯めてきた重みを感じながら、私は貯金箱をスクールバッグに詰め込む。翌朝私がバッグを机の上に置いた時、朝練終わりの侑が真っすぐに私の元へとやってきたのだった。

「持ってきたで。これでええんやろ?」

私が貯金箱を机に置くと、侑は貯金箱の上に拳をかざした。一体何をするのだろうと見ていると、唐突に侑の拳が開かれ、中から大量の小銭が溢れ出た。一円玉や五円玉こそあるものの、これだけの量ならば相当な金額だろう。思わず侑を見上げると、侑は昨日と変わらない表情で言い放った。

「これが俺の気持ちや。お前の告白、買い取らせろ」

とうとう年貢の納め時が来たのかもしれない。私は一度目を閉じると、諦めて口を開いたのだった。