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 彼と出会ったのは、大学へ向かう最中のことだった。

「影山君……」

 思わず名前を呼ぶ私に対し、影山君は目を瞠ったまま何も言わない。電車の中で手持ち無沙汰なのもあり、私は話しかけることにした。

「久しぶりだね。東京に来たんだ」
「はい。東京でバレーすることにしました」

 影山君のことだから、きっとプロチームか何かなのだろう。私は宮城でのことを思い出した。北川第一中学で、同世代とは一線を画していた影山君。その分チームメイトとの軋轢もあったようだが、結局私は彼らがぶつかり合う前に卒業してしまった。影山君が王様と呼ばれていると知ったのは、高校に入ってからだった。憑き物のとれたような顔を見るに、今はチームメイトとも上手くやれているのだろう。

「じゃあ今年の春からチームなんだ。東京には慣れた?」
「はい。今日はシューズ見に行って、帰りにコンビニで食材を買うところです」

 私は言葉に詰まった。食材というのは、滅多なことがなければコンビニで買うものではない。お金に限りのある一人暮らしなら尚更だ。ないだろうと思いつつも、私は恐る恐る尋ねた。

「食料品って、毎回コンビニで買ってるの……?」
「はい、近くて便利なんで」

 シューズを買うのには電車に乗って行くくせに、とは飲み込んだ。影山君はバレー馬鹿なのだ。

「じゃあお米! お米はどうしてるの?」
「炊飯器がないので買いません」
「炊飯器ないの!?」

 まだまだ問い詰めたいことはあるが、私の降りる駅が迫ってきている。私は自分のラインのIDを書いて渡すと、叫ぶようにして電車を降りた。

「空いてる日連絡して! 炊飯器買って、買い物の仕方も教えてあげる!」

 影山君はその日の内に連絡を寄越した。ちょうど明日が空いているとのことなので、私達は家電量販店に待ち合わせ炊飯器を選ぶ。正直私は家電に詳しいわけではないが、一人暮らしに無難な炊飯器くらい選べる。手を出しやすい価格で、そこそこのスペックのものを選ぶと、私は影山君の最寄駅の近くにあるスーパーを探した。どの駅でも近くに一つはスーパーがあるものだ。影山君はコンビニより値段が安いことに驚いていた。卵や肉など自炊に必要だろう食料を買い、私は影山君の横顔を見る。

「影山君の家どこ? 上がってもよければ私が適当に料理してあげるけど」
「やめてください、好きになりますよ」

 一瞬驚いたが、いかにも恋愛慣れしてなさそうな影山君の言いそうなことだと思った。家に上がって料理を作るというのは確かに恋愛関係にある男女がやりそうなことだが、私は影山君の生活力を心配して言っているのだ。下心があるわけではない。

「私に叶わぬ恋するのと米も食べられない生活送るのどっちがいいの!」

 影山君は自炊できないのだから早く習えという意味での例えだったが、影山君は意外にも食いついてきた。

「叶わぬ恋なんですか」
「い、いや……断らないこともないけど」

 告白されてもいないのに、何故影山君に片思いされている前提の話を続けているのだろう。私がそう思い始めた時、影山君が「じゃあ付き合ってください」と言った。私は呆れながらも、影山君の頑固さを思い出していた。

「うん、わかった、付き合う。だから今晩のご飯くらい作れるようになろう?」

 そう言うと影山君はすぐに家に上がることを了承してくれたので、単純な男だと思った。