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「あかん……もう消えたい……」

 膝の上に甘えてくる侑を私はそっと撫でた。事の発端は三十分前に遡る。予定より一日早く遠征を終えた侑は、サプライズで帰宅した。そこで男物の靴を見つけたのだ。浮気と決めてかかった侑は、物凄い剣幕でリビングに乗り込んだ。

「俺の名前に何しとんじゃボケ!」

 侑は関西人だから、それなりの迫力がある。私と偶然遊びに来ていた父は、目を丸くして侑を見た。侑が勘違いに気付いたのは固まったまま数秒経ってからだった。

「お義父さんドン引きやったやん」
「まあまあ、すぐに理解したみたいだから」

 驚いた様子の父だったが、何事もなかったかのように「いつも名前がお世話になってます」と言った。侑も続いて似たようなことを返す。その時の侑の気の抜けようといったら、カメラにでも収めたいくらいだった。

「驚いてはいたけどね」

 逃げるように退散した父だったが、帰った後メールが来た。侑君は本当に大丈夫かと。迷った末に、私は「元からああいう奴だから」と返信したのだった。

「お義父さんへの印象最悪やんか……」
「そんなこと言ったら侑の印象は元から最悪だから」

 すかさず侑に睨まれるが、事実である。金髪でイケメン、「チャラい」という言葉の似合う侑は、私の両親からの印象はあまり良くなかった。そんなにバレー選手がいいならアドラーズの牛島選手にしたらどうかと勧められたくらいだ。私の渾身の説得と、侑が誠意を見せたことにより私達の結婚は無事認められた。だが、時折こういうことがあると両親の心配がまた顔を出す。

「大丈夫なの、名前。モラハラとかされてない」

 今度は母からのメールだった。父から話を聞いたのだろう。正確には私ではなく私の(想像上の)浮気相手に怒っていたのだけれど、そこは上手く伝わっていないみたいだ。昔から侑は誤解されやすい。そんな侑を私だけはわかっていると思うのは傲慢だろうか。

「お母さんがモラハラされてないかだって」
「なーんもしてへん。セクハラしかしてへん」
「それ返信していい?」
「ええわけないやろ!」

 侑の反応を笑いながら私は「大丈夫」と返信する。すると侑が甘えるように擦り寄ってきた。

「これからほんま、どないしよ……」
「大丈夫だよ。お母さん達は侑があんまりにも派手だから慣れないだけだって」
「せやな、陰キャラの娘がこんなトークもできるイケメン連れてきたら驚くわな……」
「そこまでは言ってない」

 私は侑の頭を小突いてから髪を撫でる。付き合ったばかりの頃は私だけが理解していればいいと思っていたけれど、結婚するとそうもいかないみたいだ。人間関係とは難しい。