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 教室でたまにすれ違う。私達の仲はその程度のものだった。一つ付け加えるとすれば、佐久早くんの早朝ランニングで毎日のように出くわす。

「毎朝走ってて偉いな」

 通りすがりに視線で挨拶をするだけだったのが、ある日佐久早くんは教室で私に話しかけてきた。私は褒められたことに動揺しながらも、謙遜をしてみせる。

「佐久早くんはバレーのためでしょ? 私はダイエットのために走ってるだけだから、そんな崇高なものじゃないよ」
「努力してるのは同じなんだから、目的とか関係ない」

 全国優勝を目指してバレーに励んでいる佐久早くんとただダイエットをしている私の努力が同価値であるはずがないのに、佐久早くんは私の努力を認めてくれる。それが嬉しいようで、少し決まり悪くも感じる。何故なら、私のダイエットのためという理由はその場のでまかせだったのだ。

 すれ違えば毎日手を挙げて挨拶するようになった頃、私は佐久早くんに話しかけた。普段誰にも話しかけるなというオーラを出している佐久早くんは、私には無防備だった。

「あれ、嘘ついたんだ。本当は佐久早くんに会いたくて走ってた」

 佐久早くんの大きな黒い眼玉がこちらを向く。軽蔑されて私達の仲はここで終わってしまうかもしれない。と言っても、毎朝すれ違って挨拶をするだけの仲なのだけど。

「ダイエットのためでもない、ただの下心だよ」

 私が正直に白状すると、佐久早くんは居心地が悪いと言うようにマスクの位置を調整した。

「……教室で話しかければいいだけなのに、ランニングまでするお前は努力家だ」

 どこかぎこちないのは、好意を向けられることに慣れていないのだろう。佐久早くんはモテるはずなのに恋愛面には疎いのだろうか。

「まずはゆっくり話そう。外じゃなくて、カフェとかで」

 それは多分、デートの誘いだ。私と佐久早くんはランニングをしなくても会える仲になった。でも私はランニングをやめないのだろう。努力する人が好きだとわかってしまったから。私は何かしらの形で努力をし続ける。