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 夜の大阪の繁華街は人で溢れている。その中でも記者は視線を張り巡らしているものだと、私は聖臣の同僚にまつわる数々のゴシップを経て知っていた。

「ここでキスして。してくれないなら別れる」

 私は聖臣を前にして、初めて我儘を言った。これが最初で最後の我儘のつもりだった。マスコミ嫌いの聖臣は、スキャンダルになるとわかっている路上キスなどするはずがない。なのに聖臣は、「わかった」と背を屈めた。

「何で……」

 呆然とする私の前で、聖臣はマスクもつけないまま私を見下ろす。

「名前がしてくれないと別れるって言うから」
「別れたかったの! 私来年から海外だし、遠距離なんか」

 そう、私は別れたかったのだ。仕事で海外転勤が決まってしまった。アスリート相手に、遠距離恋愛などできる気がしない。けれど自分から別れようと言う度胸もなくて、私は聖臣に二択を迫った。路上でのキスをしてくれないなら別れると。結果、聖臣はキスをしてしまった。

「離れた方がいいんじゃないのか」
「え?」

 聖臣はスキャンダルになってもいいくらい私と別れるのが嫌だったのだとこの期に及んで喜んだのも一転、私は固まる。離れた方がいい。私達は遠距離で終わるべきだと、聖臣はそう言っているのだろうか。

「今のでマスコミが名前の元に押し寄せるだろ。海外にでも逃げた方がいい」

 どうやら聖臣にも路上キスがスキャンダルになる自覚はあるようだった。もう国内では逃げられないと悟っているのだろう、具体的に逃げの手段を考えているのが聖臣らしい。

「それで、ほとぼりが冷めたら結婚しよう」

 まさかこのタイミングでプロポーズをされるとは思わなかった。私は卑怯な手を使って別れようとすらしていたのに。

 可愛い言葉すら言えず、私は涙を拭いながら反抗するような言葉を呟く。

「それ結局マスコミに追われるじゃん」
「その時は俺も海外に行けばいい」
「簡単に言うな」

 私がどれだけ悩んだかも知らないで。今。私は聖臣を抱きしめたい気持ちに満ちていた。もうキス写真を撮られているのだからハグも大して変わらない。私が抱き着くと、聖臣は思い切り受け取めてくれた。