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 研磨は所謂引きこもりである。運動部に所属しているのが信じられないくらい、オフの日は家でゲームをしている。それだけならばいいが、聞いたところによればクラスでの打ち上げや遊びの誘いも断って家にいるらしい。

「いい加減に青春らしいことしなさい!」

 もう何度目かわからない台詞を吐く。今日はクロがいないので、一人の部屋で研磨は面倒くさそうにヘッドホンを外した。一度しかない高校生活を、研磨には思い切り楽しんでほしいのだ。研磨は案の定嫌そうな顔をして口を開いた。

「青春しろ青春しろって言うけどさ、そもそも青春するって何。具体的にどうすればいいわけ」
「恋愛する、とか……?」

 私も大雑把なイメージしか持っていなかったので、思わず疑問形になった。恋愛だけではなく、友情や思い出作りも大事にしてほしいのだが、何か一つと言われればやはり恋愛になる。研磨の視線が私を刺す。恋愛脳だと言われているみたいで居心地が悪い。

「恋愛って相手がいて初めてできるものだよね。恋愛しろって言うなら、相手を用意してくれてるの?」

 私は言葉に詰まった。研磨の言う通り、漠然と恋愛しろと言うだけで相手など用意していなかったからである。自分の命令の雑さを思い知らされたようでいたたまれなくなる。普通、恋愛の相手は自分で用意するものだけどゲーマーの研磨は感覚が違うのかもしれない。恋愛の練習台になってくれと頼める友達などいないし、研磨に合いそうな女子というだけでかなり限られてくる。私を追い詰めるかのように研磨は私を見据えていた。

「一人だけいるんだよね。すぐ用意できて同意のいらない女子」
「誰!?」

 咄嗟に私は飛びついた。私の不手際を指摘した本人に直してもらうなどおかしな話だが、今は研磨の頭脳に頼りたい気分だ。研磨はふと口元を緩めて「名前」と言った。

「え、私……?」
「そう。わざわざ他人に頼み込むより、自分でやった方が早いでしょ」

 研磨の言い分はわかる。だが、私はあくまで研磨を応援する立場だ。自分が研磨と対等に恋愛をしたいわけではない。

「名前ならちょうどいいじゃん」
「幼馴染をいいように使いすぎじゃない?」

 私が戸惑いながら言うと、研磨は読めない表情で「もう幼馴染なんて思ってないよ」と言った。まずい。研磨の中では私と恋愛するというゲームがもう始まっているのかもしれない。強制的にプレイヤーという立場に立たされたものの、私は研磨に敵う気が全くしないのだった。