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 幼少期を思い出すと、古森の隣には常に名前がいたように思う。佐久早自身積極的に古森と仲良くしたいと思っていたわけではないが、それでも従兄弟というのは目に止まるものだ。一人を好む佐久早とは対照的に、古森は常に人と一緒にいた。その中に必ず名前はいた。まるで名前の方が古森と従姉妹であるかのように。血の繋がりはなくとも、当時佐久早より古森と深い仲にいたのは事実だ。佐久早の目には、名前が古森を特別に思っているように見えた。

「……ごめん」

 重い口を開くと、名前は不思議そうに「何が?」と答えた。あの頃より随分女らしくなった。思春期に入り、男子に混じって遊ぶことはしない。だがそれでも古森とは仲がいいようだった。

「古森を、お前から取ったから」

 名前は目を丸くして佐久早を見た。佐久早はいたたまれなくなり目を逸らす。佐久早は、古森に誘われたことによりバレーを始めた。古森が誘う相手に佐久早を選んだのは、性別が同じだからという理由だろう。スポーツにおいて性別の壁は大きい。

 本人にはどうしようもできない理由で古森に選ばれた佐久早は、バレーを通して古森を拘束し続けた。中学に上がれば朝も放課後も古森と一緒だ。古森に対しての佐久早と名前の位置が逆転したようだった。名前はそれについて何も言わなかったけど、もし佐久早が誘いに乗らなければ名前と古森の仲は変わっていたのではないかと思う。

 名前はきょとんとした顔で口を開いた。

「なんか佐久早、誤解してない?」
「誤解って……」

 人の恋心を直接口に出すのは憚られる。お前は古森が好きだったんだろ、とはどうしても言うことができなかった。佐久早が躊躇しているうちに、名前は続ける。

「私が好きなのは佐久早だよ?」
「……は?」

 今度は佐久早が目を丸くする番だった。ずっと古森のことが好きだと思っていたのに。佐久早の思い出は全て間違っていたというのだろうか。何も言えない佐久早をよそに、名前は淡々と言ってのけた。

「私が好きなのは佐久早だから、佐久早がそんなに気にする必要はない」
「おい待て……他に気にしなくちゃいけねえことができたんだが」
「別に無理して返事しなくていいよ」

 そう言った名前の肩を掴み、佐久早は「するだろ」と言った。古森の幼馴染ということは、佐久早の幼馴染でもある。付き合いは長い。恋愛感情こそなかったものの、それなりに大事な人間であることに変わりはないのだ。

 名前は目を瞬いた後、小さく笑い出した。

「佐久早は古森にしか興味ないと思ってたから、変な感じ」
「古森にしか興味なかったのはお前だろ」
「人気者だなぁ、古森」

 名前の笑い声が響く。普段ならば古森に相談したいところだが、これだけは自分の中で結論を出そうと決めた。