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「お願いがある」
私と佐久早くんは、いつも通学電車で一緒になる仲のはずだった。けれど毎朝顔を合わせる仲というのは思ったより深いものなのか、こうして私は佐久早くんと学校で向かい合っている。毎日顔を見ているはずなのに、話すのはこれが初めてだ。
「俺達がいつも乗ってる電車に痴漢がいる」
その言葉を聞いた時、私はぴんと来た。佐久早くんは痴漢の存在を知って、私を守ろうとしているのではないか。俺のそばから離れるな、とまではいかなくても、電車の時間を変えろとか、そういった配慮があるのかもしれない。だが、言われたのは予想だにしない言葉だった。
「俺が痴漢に間違われたくないから電車乗ってる間手を繋いでくれ」
「え?」
「両手で頼む」
佐久早くんは、自分が痴漢に間違えられることを恐れているようだった。まだ学生とはいえ、痴漢のそばにいたら間違えて検挙される確率も上がる。私を電車から遠ざけるのではなく、むしろ一緒に乗ってもらって、佐久早くんの冤罪を晴らす証人になってほしいということだったのだ。
「冤罪かけられたら何て言うの?」
「お前と手を繋いでたからありえませんって」
「いやその方がおかしいでしょ」
朝の通学電車で両手を繋いで乗っている男女。痴漢ほどではないが、おかしいのは明らかだ。しかも容疑を晴らすためにやるのだから、堂々と繋いでいなければいけないのだろう。
「頼むぞ」
佐久早くんの圧に押されて了承してしまったが、これは彼女のふりをするということではないか、と後から気付いた。両手が塞がっていたから痴漢はできませんとアピールすると共に、自分には恋人がいるから痴漢はしませんというアピールもする予定なのだろう。少女漫画のような展開になってきたが、目的は痴漢冤罪回避である。佐久早くんに甘い展開を期待した私が馬鹿だったのだろう。私は大きくため息をついた。
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