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「そろそろこっちで一緒に住まないか」

 俺がそう言いだしたのは、遠距離恋愛を始めて一年が経った頃だった。彼女、苗字名前とは大学で出会って付き合った。俺の所属チームが大阪になった時はどうなるかと思ったが、今まで上手くやれている。それでももっと会いたいという欲には抗えない。ゆくゆくは結婚を見据えて、本格的に同棲したい。俺は真剣だったが、彼女はさらりと告げた。

「赤ちゃんに会いたいから」

 直接は言っていないが、ダメだということなのだろう。俺はスマホを持ったまま固まった。赤ちゃん。いつの間にできていたのだろう。避妊はしていたけれど、それも絶対ではないと言う。妊娠中にあまり動きたくないし、東京で産みたいということなのだろう。

 どうやって電話を切ったのか覚えていない。俺は多分、後半「ああ」とか「うん」とかしか言っていなかったと思う。とりあえず新幹線に乗り込んで、車窓を眺めながら子供の名前を考えた。女の子なら、男の子なら、俺に似ていたら。無数の仮定が通り過ぎていく。今サインをねだられたら、頭の中にある子供の名前を書いてしまいそうだ。

 東京駅に着き、俺は彼女の家まで向かう。ここまで本能の赴くままに来てしまった。けれど後悔はない。

 彼女は玄関先に立っている俺を見て大層驚いたようだった。何で、どうしたの、そんな言葉を投げかけられる。俺はそのどれにも答えず、彼女の肩を掴んだ。

「子供、できたのか」

 まだ腹は目立っていないが、それでもわかることはあると言う。切迫した俺に対し、彼女はなんとも呑気なものだった。

「何言ってるの?」

 まるでついていけない、そんな雰囲気である。俺は苛々としながら言った。

「赤ちゃんに会いたいんだろ?」
「友達の家の赤ちゃんにね」

 当たり前のように返された言葉に、俺はその場でずっこけそうになる。俺にも大阪の血が馴染んできたのかもしれない。俺達の赤ちゃんができたのではなく、東京にいる友達の赤ちゃんに会いたいという話だったのか。それならそうと早く言え。でも、不思議と東京へ来たことを無駄だとは思わない。俺は彼女へ会えたのだから。

「俺も赤ちゃんに会いたくなってきた」

 動揺から立ち直り、俺は彼女を見下ろす。

「友達の家行く?」

 そう言った彼女に、俺は淡々と告げる。

「俺とお前の赤ちゃんだ」

 驚いた様子の彼女の横を通って家の中に入った。もう、同棲する覚悟も子供を持つ覚悟もできているのだ。あと必要なのは、子供を作ることだけである。生憎それは俺が得意なことだった。少なくとも、行為に関しては。俺の後ろを追いかける彼女の手をぎゅっと握る。